千燈花〜ETERNAL LOVE〜
 足首を骨折してから二か月近くになるだろうか、季節はすっかり春から初夏になり、日に日に蒸し暑さが増している。雨の日も多くなり、庭の緑は更に深く生い茂り、朝晩はカエルの大合唱があちこちの田畑から聞こえた。

 人生初の骨折をしてから最初の二週間は本当に退屈だった。ただただ天井を眺めては解決できぬ問題を何度も何度も繰り返し考えた。それでもやはり糸口が見つからず、行き場のない思いに頭の中が爆発しそうだった。

 三週間が過ぎると、少し歩けるようになり部屋の外に出て敷地の中をあてもなく歩いた。
 四週目以降は敷地の隅々を歩き回りあちこちを散策しては薬草や食用の野草を採る日々に没頭した。気が塞がないようにするのに野草採りは効果てき面だった。

 天気が良く美しい夕焼けの日には東屋の石に座り夕陽で染まった都を眺めた。朝廷の重鎮や大臣が橘宮を訪れることはなく、忘れられた宮のようにひっそりと静まり返っていた。


 『燈花(とうか)様、湿布をかえましょう』

 いつものように明るい声で小彩(こさ)が部屋の中に入ってきた。

 『ありがとう、でももう痛みもないし大丈夫よ』

 私はくるくるっと足首を少し大袈裟に回して見せた。

 『イタっ…』

 ほんの少しだけ、まだ痛みが残っている。心の痛みも傷と同じようにすぐに回復してくれたらいいのに…

 『燈花(とうか)様大丈夫ですか!無理をしてはいけませんよ…あと少しの間この湿布を貼ってください』

 小彩(こさ)が諫めるように言った。

 『ウフフ…母のようだわ。はい、母上おっしゃる通りにいたします』

 私はニヤリとし、からかい気味に言った。小彩(こさ)は目を丸くし頬を膨らませた後軽く私を睨んだ。でもすぐに目が合い互いに顔を見合わせケラケラと笑った。小彩(こさ)はいつものように薬草を練り込んだ麻布を手際よく足首に巻きながらしんみりとつぶやいた。

 『燈花(とうか)様の笑い顔、久しぶりに拝見した気がします…少し安心いたしました』

 『…不安にばかりさせて本当にごめんなさい…でももう本当に大丈夫だから…』

 まるで自分に言い聞かせるようだった。

    …話題をかえよう…


 『そうだ、あなたの作ってくれるこの湿布すごく効くわ、何の生薬を使っているの?』

 『え?えっとそれが、宮中で働く医官から取り寄せたもので草の名がよくわからないのです。今度お会いした時にでも聞いておきますね』

 『いいのよ、ただ興味を持っただけなの。あまり馴染みのない香りだと思ってね』

 『そうですか…はい、終わりました。燈花(とうか)様今日は久しぶりに晴れて暑くなりそうですね』

 小彩(こさ)はそう言い終わるとさっと立ち上がり部屋を出て行った。外を覗くと空は青く晴れ渡り真っ白な入道雲が見える。久しぶりの夏空にウキウキと心が弾んだ。いつものように庭の東屋へと向かった。見渡す都はいつ見ても圧巻だ。息を大きく吸い込み吐き出した。
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