千燈花〜ETERNAL LOVE〜

中宮との出会い


 下り坂を無事降りきり、止まっていた馬車に乗り込んだ。馬夫の掛け声と共に馬車はゆっくりと音を鳴らしながら水田の中を進み始めた。見渡す先に朱色に輝く建物が見え、その少し奥にも大きな塔が見える。その光景があまりにも鮮やかで美しくて、終始言葉を失い見惚れていた。

   なんて美しい都なんだろう…

 「起きてください、着きましたよ」

 優しい声で肩を揺すられ、目を覚ました。いつの間にかウトウトと眠ってしまったらしい。

 「中宮様のお屋敷に着きました。さぁ行きましょう」

 「えっ?えぇ…」

 少女に手を引かれ、恐る恐る馬車を降りた。

 目の前にはまたしても大きくどっしりと構えた門があり、その両側には二人の守衛らしき体格の良い大男が無表情で立ってこちらを見ている。胸の高さまである塀は土で出来ていて、屋敷の周りをぐるりと囲み、奥の竹やぶの方まで続いていた。

 すぐに身分の高い人間の屋敷であることが分かった。少女の後ろを重い足取りで歩き始めた。大きな門を抜けるとすぐに広い中庭に出た。その庭を囲むように平屋建ての家屋がコの字で建っていた。

 中庭の中央には大きなイチョウの木が一本生えていて、一面黄色にそまっている。

 立派なお屋敷ね、警備も厳重だし…中宮様って誰かしら…

 中庭を通り過ぎると、コの字に建つ家屋の奥にもう一つ、瓦屋根で出来た建物が見えた。少女は真っ直ぐにその建物に向かい進んでいく。私も遅れないように彼女の後について歩いた。建物の前まで来ると少女はピタリと足を止め振り返り言った。

 「こちらの建物にお入りください。入ってすぐに廊下がありますのでそのままお進みください。その先で豊浦大臣(とゆらだいじん)様がお待ちしてると思いますので、大臣様の指示に従って下さい」

 少女はそう言うと軽くお辞儀をしてまた中庭の方へと引き返して行った。

      豊浦大臣?

 ドクドクとさらに脈は早くなったので心臓に手を当てた。深く深呼吸をしたあと、建物の中へと入った。中は薄暗くしんとしていたが、竹藪から流れてくる澄んだ空気が不思議と心を落ち着かせてくれた。薄暗い廊下の先に男の姿がちらっと見えた。

      あの人が大臣?

 廊下がとても長く感じたが、歩みを進めるうちに男の姿は近づきはっきりと見えた。小太りで髭の生えた中年の小男だ。位が高いのか深紫色の上着と帽子を身につけ、ジロジロと疑いの眼差しでこちらを見ている。私はその男の前で立ち止まると小さく会釈をした。小男はエヘンと咳払いを一つすると、小さな声でボソボソと呟いた。

 「今からそなたを中宮様に会わせるが、失礼のないようにしなさい。床に膝を着いてご挨拶し、中宮様からの指示があるまでは決して顔を上げてはならぬぞ」

 「はい…」

 急に底知れぬ緊張におそわれた。喉はカラカラになり唾も出ない。どの時代に来たのかは確かではないが、場合によっては振る舞い一つ、発言一つで即処刑されてしまう。十分に気を付けなければならないと思った瞬間、体がガタガタと震え始めた。
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