ティータイムは放課後に。〜失恋カフェであの日の初恋をもう一度〜

第12話


「あれ、夜空じゃなくなったんだね……?」
 クリーム色のスポンジに、淡い青色のナパージュが張っている。青色のナパージュの中には、小さな白い太陽が閉じ込められていた。
「……あぁ」
 以前のナパージュは深い藍色だったはずだ。でも、ライトな感じがしてこちらはこちらで女性に人気が出そうなデザインだ。
「でも、こっちも綺麗。青空だね」
 小さな丸型の青空を隠すように、とろりとしたクリーム色のソースがかかっている。
「イチゴジャムは止めたんだ。食べてみて」
「あ、うん」
 フォークで小さく切り、口に運ぶ。
 爽やかなリンゴの香りと酸味が口の中をさっぱりさせる。
「美味しい! 前よりすごく美味しくなってるよ、椎ちゃん!」
 ソースは滑らかだが、スポンジの間に入ったリンゴ果肉入りのジャムも絶品だ。
「……それな、イメージはこの中庭の池なんだ」
「え、青空じゃないの?」 
「うん」
「じゃあこれはなに? この太陽」
「……月。水面に映った月だよ」
「月……じゃあこれ、夜空なの?」 
「池に映る空は実際より明るいからな」
「ふぅん……」
 もうひとくち食べる。じわっとリンゴの果肉が広がる。美味しい。なんだか、懐かしい味がする。
「……月は、お前なんだ」
 ふと、椎がぽつりと言った。
「え?」
「帰るか」
 椎は悲しげに笑い、後片付けを始めた。

 椎が片付けをしている間、一花は中庭の池の縁にいた。指先でつっと水面を弾く。空が波打って消えた。
 中庭の池には、好きなものが映る。
 たとえば金魚だとか、月だとか、あとは――椎だとか。
 椎はどうなのだろう。あのスイーツを、中庭の池――そう言っていたけれど。
 椎は、どんなときも一花のそばにいてくれた。
 水面が凪いでいく。
「一花」
 水面に、椎が映った。パティシエ服ではなく、私服に着替えている。黒のワイシャツに細身の黒のチノパンを合わせている。
「おまたせ。帰るぞ」 
 一花は水面に映る椎を見つめたまま、動かない。
「……一花?」
「椎ちゃん……私、約束する。もう作らないよ」
 振り向き、椎を見上げる。椎は驚いた顔のまま、一花を見下ろしていた。
「……意味、分かってんのか?」
「分かってるよ」
 椎は凍りついたように動かない。一花は続けた。
「椎ちゃん、ずっと私のそばにいてくれた。それなのに私……」
 言葉に詰まると、椎は優しく笑った。
「そんなこと、お前は気にしなくていいんだよ。俺が勝手にやってることなんだから」
「……私、これまで自分にそんな資格はないって思ってた。椎ちゃんは大人で、彼女だっていると思ってたから……」
 一花は震える声で思いを告げる。
「……それは」
「私、今はまだ雪くんが好き」
 まだ、一花の胸についた傷は生のまま疼いている。
「……うん」
 椎は目を伏せた。
「でも……椎ちゃんのそばにいたい。そばにいても……いいかな」
 できることならもう一度、あの日の失恋のやり直しを。初恋の続きを。
「……あぁ」
 椎は優しく頷いた。
 一花がはにかむように笑う。
「さて、帰るか」
 椎が手を差し出した。一花は差し出された手のひらと椎の顔を交互に見て、
「うん」 
 そっと自分の手を重ねて立ち上がった。
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