天使が消えた跡は
第1章 私が婚約者?
『チチチチ……』

 6月の心地よい朝。固めのマットレスの上で眠っていた彼女のベッドの横には大きな窓が付いている。

 窓の外から聞こえる鳥の声が心地のいい睡眠をゆっくりと溶かしてゆく。

 今日はこの彼女、四月一日薫(わたぬきかおる)の18歳の誕生日だ。鳥の声を聞きながら、一度体を動かして寝返りを打つ。朝のこの時間はこの上ない心地よさだ。

 だが、このままのんびりと過ごしているわけにもいかない。学校に行かなければ。

 ゆっくりと仰向けになり、これから着替えて制服を着て、教科書の準備を……などと考えながらゆっくりと目を開けた。しかしその視界の中にはいつもの天井と違う物が映っていた。


「わーい、薫ちゃんだぁ! 初めましてっ。王子様から頼まれて薫ちゃんのところに来たんだよぉ。」


 薫は瞬きもせずにそれを凝視していた。

「どうしたの? 驚いているみたいだけど?」

 薫の視界に入ってきたのは、小さな、おおよそ10センチほどの体長の人間のような生き物だった。寝ころんだ薫の視界に入っていると言うことは、空中に浮かんでいるのだろう。

 男の子なのか女の子なのかの区別もつかない。顔立ちは男の子のようだが、声色は可愛い女の子の感じもする。

 裸体に綺麗に透き通った布を被って、てるてる坊主のようにも見える。

 そんな非現実的なものが視界に入ってきた状態で驚かないわけがない。

 この子は、いわゆる『妖精』と呼べるものなのだろうか。であれば、性別も何もない、不思議な存在、UMAと呼ばれる存在なのか?

 頭の中が真っ白で、でもこの子は実際に喋っていて、小鳥の声は聞こえてきて、現実なのか夢の中なのか、混乱がピークに達してきていた。

 とりあえずわかっていることは、妖精っぽいものはとても可愛いと言うことだけ。

 声も出せないまま、薫はそのまま布団を目深にかぶり、頭からすっぽりともぐりこんだ。


――今のは何? 幽霊? 妖精? おばけ? 見たことないものが……。


「怖い? 怖くないよ、大丈夫だよ。ねぇ、安心してよ」

 小さな体で薫の頭をゆさゆさと揺さぶる妖精に、少しだけ信用しても大丈夫かもしれないと思い、顔を出した。

「顔出してくれた! ねぇ、薫ちゃんに伝えたいことがあるんだ。薫ちゃんは王子様の婚約者の一人に選ばれたんだよ!」

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