天使が消えた跡は
第8章 風と香り
 一休みした後で広間に案内されると人影が見えた。きっと、ニュースで言っていた王子様の付き人のような人なのだろう。

「お待ちしておりました」

 そう言うおじいさんは、思っていたよりも若く、欧米人のような風貌だった。そして日本語がとても上手だ。

「クォールといいます。これからしばらくいろいろとお世話させていただきます」

 というおじいさん、と言うよりおじさまと言う方が合っているような気がする。

 クォールさんに案内されて、広々とした宮殿の廊下を歩く。

 思っていたよりも、これと言って豪華と言うわけではなかった。しかしとても広いのでそれだけで圧倒されそうになるのは言うまでもない。

 薫の履いていたローファーのかかとが廊下に『コツコツ』と音を響かせる。ルーは羽根になったままだ。

 途中、ルークはこっちに中庭があるからと言ってその方向に向かって行ってしまった。

 きっとクォールさんとはいつも顔を合わせているので今更一緒にいる必要もないとでも思ったのだろう。

「こちらです」

 そう言ってドアを開けるクォールさん。このドアの向こうに例の王子様が居るのだろうか。

 中に入り、呆気にとられる薫。

 この大きな宮殿に住んでいる王子様と呼ばれるほどの人が、単なる揺り椅子に腰かけてゆらゆらと座っていたのだ。

 加えてこの部屋は特別広い部屋と言うわけでもない。せいぜいあっても15畳ほどと言った所だろうか。

 柔らかそうなベッドに、三人掛けのソファと、王子様が座っている揺り椅子。それ以外は何もないシンプルな部屋だ。

 こことは別にしっかりとした心室があるだろうが、あまりの予想はずれに大きな口を閉められない薫。

「どうかなさいましたか?」

 にっこりとほほ笑むクォールさん。

「い、いえ、思っていたよりもこじんまりとしていたので……ちょっとびっくりしました」

 とだけ答えておいた。

 部屋のシンプルさに驚いて気付かなかったが、よく見ると王子様とやらは大きなマントを羽織り、それについているフードだろうか、すっぽりとかぶって顔が全く見えなかった。
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