公爵令嬢からの手紙 ~かつて愛していた皆さまへ 私のことなどお忘れですか?~

 王都の中心から少し離れた閑静な居住区。
 その中でもひときわ豪華な屋敷。
 手入れされた庭園に、金をふんだんに使った装飾。まるで王城かと見紛うほどの造りをしたそこは、とある伯爵家の別邸だった。
 最上階にある南向きの大きな部屋でくつろいでいたナタリーは、届いた手紙を無感動な表情で眺めていた。

 ――ナタリー。元気にしていますか? あなたに会えなくて私は少し寂しいです。色々ありましたが今は落ち着いて生活できています。もう会うこと叶わないだろうけれど、これからのナタリーの人生に幸多からんことをお祈りしております。リーナ・ベルシュタ――

「何が幸多からんことを、よ。相変わらず善人ぶって嫌な女」

 吐き捨てるように呟くと、ナタリーはためらいなく手紙を破り捨てる。
 床に散らばった紙片を一瞥し、ふんと鼻を鳴らす顔には侮蔑の色が濃く滲んでいた。
 タウレル伯爵家の令嬢ナタリーは、親同士が友人であるという縁からリーナとは姉妹のように育った仲。
 赤みがかった茶色の髪に、琥珀色の瞳をたた えた気の強そうな目元。肉感的な体つきもあり、迫力を感じさせる美しさがあるナタリーは、いつだってリーナの隣にいた。

(あなたの時代は終わったのよリーナ。今更、こんな手紙を送ってきても遅いわ)

 銀のリーナにルビーのナタリー。
 ふたりはいつだって社交界の花であり、宝石と呼ばれていた。
 無二の親友としてずっと寄り添い、どんな悩みだって共有した。
 学園に入学してからは、馬鹿な王太子が男爵令嬢に優しく接する姿に胸を痛めていたリーナを慰めたことだってある。
 あんなのは一時の気の迷いだ。恋や愛ではない。大丈夫。
 そう言ってずっと励ましていた。
 実際、ナタリーの目から見ても王太子は男爵令嬢に特別な感情を抱いているとは到底思えなかった。
 あれは、気まぐれに野良猫を愛でるような残酷な施しだ。
自分より生まれの卑しい存在を庇護せねばと思い上がっている高慢さが隠しきれていない。

(高貴な血に生まれたくらいで偉そうに)

 ナタリーの中にはいつも苛立ちがあった。
 すべてを受け入れ包容し、許しを与えるようなリーナの笑顔がナタリーはずっと大嫌いだったのだ。
 嫉妬心を笑顔で隠しながら、ナタリーはずっとリーナの横で親友という立場を維持することに専念していた。
 なぜなら便利がいいから。
 王太子の側近や高位貴族と縁づけるし、贈り物のおこぼれや特別な催しへの参加などの恩恵にあずかれる。
 何より、リーナと親しくなりたい者たちの窓口として君臨できた。
 腹立たしくもあったが、十分に甘い汁はすすれた。
 何も知らず友情を信じて微笑むリーナをナタリーはずっとあざ笑っていた。
 世間知らず同士、王太子と仲良くやっていればいい。ずっと傍でその恩恵にあずかろうと決めていたのに。

(リーナ。全部あなたが悪いのよ)

 当時のことを思い出しながら、ナタリーはふわりと微笑んだ。
 学園生活の中で、ナタリーはひとりの男子生徒に恋をした。
 美しく儚げな美貌をしたとある伯爵家の跡取り。
 この人だ、とナタリーは直感した。運命の恋になる、はずだった。
 だが男子生徒が恋に落ちたのはリーナだった。彼はいつだって熱の籠もった瞳でリーナを追いかけ、わずかな声すら聞き漏らさぬように耳をそばだてていた。
 ナタリーは何度となくその男子生徒にリーナと王太子の仲睦まじさを語って聞かせた。
 言葉にほんの少しの毒を混ぜ、リーナをこき おろし、自分の株を上げようと必死だった。
 男子生徒もこれは叶わぬ恋なのだと、理解しかけてくれて いたのに。
 だが、男爵令嬢の登場によりその努力が水泡に帰してしまう。
 リーナは婚約者を奪われた悲劇の乙女として、男子生徒の心を掴んでしまったのだ。
 だからナタリーは行動を起こした。
 リーナが男爵令嬢を疎んでいるという噂を流し、リーナに気に入られたいと願っている生徒たちを扇動したのだ。
 彼らの行いはささやかな嫌がらせではあったが、噂のはじまりとしては十分だ。
 それに加え、ナタリーは「リーナがこう言っていた、望んでいた」と言っては教師や生徒に圧をかけ、あらゆる利便を図らせた。
 ナタリーはただ伝えただけだ。
 言われた相手がどう動くかなど、知ったことではない。
 いつしかリーナは、悪辣で高慢な令嬢という認知が広まり、誰もがそれを事実として認識していたのに。

(本当に馬鹿な人。私にしておけば、死なずに済んだのにね)

 男子生徒はリーナを愛するが故に噂に踊らされ、男爵令嬢を襲ってしまった。
 男爵令嬢を排除することこそが、リーナにとっての最良だと思い込んでの凶行だった。
 事件の後、投獄された男子生徒は自ら命を絶ったという。
 彼の生家は事件を起こした責任を負って取り潰しとなった。
 今や、そんな家があったことを誰も覚えてはいないだろう。
 ナタリーでさえ、彼の面影は曖昧だ。
 リーナはすべての罪を背負い、婚約破棄され国外追放された。
 ナタリーが何をしたかは明るみはなっていない。
 なるはずがない。だってナタリーは何もしていないのだ。
 ただ、リーナがそう言っていた、と口にしただけで決して誰も害してなどいない。
 残されたナタリーは唯一の花として、数多の求婚者から今の婚約者と出会っていた。
 バートン・グラッセ。
 同じ伯爵家と地位は高くはないが、ナタリーが満足できるほどの財産を持った大金持ち。
 見た目はさほど美しくはないものの、及第点を与えてもいいくらいには整っている。
 この別邸も、わざわざナタリーのために用意してくれたものだ。
 ナタリーの人生はこれからが華。
 この先の人生に、リーナという存在は必要ない。

(私を頼ろうなんて考えないでね、リーナ。あなたは用済みなの)

 王太子妃でもない、公爵令嬢でもない、ただのリーナになんて何の価値もない。
 幸せを祈られたところで何になるというのだろう。
 紙くずに成り果てた手紙をつま先で踏みにじる。

(さよならリーナ。永遠に)

 明日の朝一番で掃除をさせなくてはと考えながら、ナタリーは赤く塗った口の端を吊り上げたのだった。



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