クールな同期と甘いキス

4.初めての外出


今日、私はすこぶる機嫌がいい。気分がいいと仕事もはかどるし、あっという間に終わる気がする。
私の表情を見て、さくら先輩も帰り仕度をしながら穏やかに微笑んだ。

「今日はご機嫌だったね」
「はい!」

それもそのはず。
今日は待ちに待った給料日なのだから。
昼間に受け取った給料明細を確認しながら、借金の返済分と生活費を差し引いても、三雲君のおかげで少しは貯金が出来そうで安堵する。

父と暮らしていた頃は私の給料で光熱費や生活費、借金の返済をしていたからカツカツだった。貯金もごくわずか。
でも、今は三雲君に甘えさせてもらっている分が大きいから、以前よりも手元に幾らか残る。
今日は奮発して夕飯はお肉にしようかな。そんなことを考える余裕すら出てくる。

「お疲れ様でした」

そそくさと帰り支度をして、浮き足だった気持ちでスーパーヘ直行した。
近所のスーパーで買い物をしていると、スマホが震えて三雲君からメッセージが入る。

『今、近所のスーパー。何か買っていくものある?』

近所のスーパーということは三雲君も同じところにいるということだ。

『偶然だね。私も今同じところにいるよ』

そう急いで返信をすると、スマホが鳴る前に三雲君が私を見つけてくれた。

「よう、お疲れ」
「お疲れ様。今日は早いね」
「取引先から直帰したからな。持つよ」

そう言って買いものカゴをサッと持ってくれた。
そういえば三雲君とスーパーで買い物するなんて初めてだ。

「何か買いに来たの?」

なにか欲しい物でもあったのかな。

「今日は給料日だろ。何かデザートでも買っていこうかなって思って」
「へぇ。三雲君、甘いもの好きなんだね」
「いや、あまり食わない」

商品を見ながら首を振られる。
ん? じゃぁどうして?
不思議に思って彼を見上げると、「白石、食うだろ?」と表情変えずに言われた。
え? 私のため?
私のためにデザートを買っていってくれようとしたというのか。

「ビール買うついでだから」
「あ、ありがとう」

ついででもわざわざ選んでくれようとしたことが嬉しい。ドキッした胸を押さえ、平然を装いながらお礼を告げた。

二人でマンションに帰宅してから、着替えを済ませて夕飯を作る。
今日はすき焼きにした。グツグツ煮込む音が心地いい。

「もうすぐできるからね」
「あぁ」

返事をした三雲君が急に後ろから抱きしめてきた。
いわゆるバックハグだ。

「うわぁ!」
「そんなに驚く?」
「り、料理している時は危ないから……!」
「そうか、悪い」

三雲君はそんな私の反応を見て、離れてくれる。悪いなんて言葉とは裏腹におかしそうに笑っていた。
もう料理をしている時は止めてほしい。ドキドキして手元が狂う。
また後ろからハグされてはかなわないと、急いで支度を済ませた。

「いただきます」
「いただきます。うん、美味しい!」

お肉がほろほろで柔らかく、とても美味しかった。
三雲君に夕飯を作るようになってから、きちんとお肉は食べているけれどできる限り贅沢は控えている。
でも今日は給料日だし、すき焼肉は自腹で奮発して買った。
三雲君には普段お世話になっているし、たまにはいいよね、こういう贅沢も。

食後はご機嫌に片付けを行ってから、コーヒーと三雲君が買ってくれたカップケーキをいそいそとリビングのローテーブルへ運ぶ。
夕飯でお腹は満たされたけど、デザートは別腹だ。
ペタンと座って、「いただきます」と手を合わせた。
三雲君が買ってくれたということに嬉しさが止まらない。
一口食べてその美味しさに悶絶していると、後ろのソファーに座っていた三雲君が「くっ、ふはは」と吹き出すように笑った。
振り返って三雲君を見あげる。

「いや、悪い。笑うつもりはなかったけど、あまりにもご機嫌だなと思ってさ」
「だって三雲君が買ってくれたデザートだもん」
「それくらいで喜ぶならいくらでも買ってやるよ」

そう言って、手元のビールをクイッと飲み干す。

「三雲君は週末にお酒飲むの?」

今日は金曜日だ。平日は飲んでいなかった缶ビールを飲んでいる。

「あぁ。休み前と休みの日に飲んでる。そういえば白石は酒飲まないよな」
「うん、すぐに酔っちゃうから。あれ? お酒飲まないって言ったっけ?」
「いや、前に一度同期会に出たことがあっただろ。その時飲んでいなかったなって」

三雲君に言われて記憶をたどる。
あぁ、と思い出した。一年位前に一度だけ同期会に参加したことがあった。
そういえばあの時、三雲君とは席が近かった。私がお酒を飲んでいなかったって気が付いていたのか。

「よくそんな前の事覚えていたね」
「まぁな」

記憶力が良いなぁと感心する。

「あの時は、一度でいいから行っておきなさいってさくら先輩に勧められて行ったんだよね」

あの同期会は会費がとても安い場所だったし、給料日の後だったから一度くらいいいかと思って行ったことがあった。

「さくら先輩? あぁ、総務の西藤さんか」

三雲君はそう言って眉を寄せる。

「俺、あの人苦手なんだよね。なんか俺に対して妙に当たり強くてさ」
「あぁ~……」

さくら先輩も三雲君は好きじゃないみたいだし、態度に出ていたんだろうなぁ。
美人と美男……、同族嫌悪ってやつなのかな?

「だから、総務へ行くときは白石が居るときに行くようにしている」
「え、そうなの?」

知らなかった。わざわざ私が居るときに来てくれていたなんて……。
確かに思い返せば、三雲君はいつも私に直接書類を渡しに来ていた。

「あぁ。同期だし」
「同期……」

あ……、そういうことか……。
そうだよね。同期だもん。少しでも知っている人がいるときの方が他課へは行きやすいよね。
そうだよね。そうなんだけど……。
わかっているけど、なぜだか胸がチクンと痛む。変な苦しさも感じた。

三雲君の言う通りただの同期だよ。そうなんだけど……。
この気持ちは何だろう。なんと言葉にしていいかわからないけれど、浮上していた気持ちがシュンと萎んでいく。

「どうかした?」
「え? ううん。美味しいね、これ。ありがとう」

パッと笑顔を作り、三雲君にお礼を伝える。
でも三雲君に買ってもらったカップケーキが急に味がしなくなった。

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