クールな同期と甘いキス

昨日、三雲君の言った言葉が引っかかっていてなかなか眠れなかった。
どうして引っかかるのかはわからない。
ただの同期だという間柄なのは当然なのだけど、ああ言われてなんだか寂しい気がしたんだ。
だからといって友達かと言われるとそうではないから、やはり同期という言葉が一番正しいのだけど……。

なんでこんな気持ちになるんだろう……。あぁ、もう! 考えていたって仕方がないことなのに!
モヤモヤとした気分ではあったが頭を振ってそれを振り払う。
今朝は大切な日だ。
今日は土曜日だから、昼過ぎまでゆっくり寝ていたいところだけど、いつも通りに起きてそそくさと身支度を整える。
マンションを出て、以前住んでいた家の側にある喫茶店へと向かった。
キョロキョロ渡すと窓側に座るスーツ姿の男性が手をあげた。

「野沢さん、お待たせしました」
「待ってねぇよ。で、今月分用意できたか」

野沢さんはサングラスを取って私に睨みを利かせた。

「はい、これです。ありがとうございました」

そう言って封筒のお金を差し出す。野沢さんは中身を確認し、領収書を私に渡した。

「確かに受け取った。さて、いつものでいいか?」

一気に口調が穏やかになり、私もつられて笑顔になる。
野沢さんは店員にオムライスとパスタを頼んだ。
目の前のこの男性――、野沢さんはうちの借金取りだ。
短髪に黒縁眼鏡。学生時代はラグビーをしていたようで、ガッチリとした体格をしている。美形なのに厳つい顔立ちでいかにもその筋の人という感じだ。
しかし、見た目とは裏腹に昔から私には優しかった。
お金を受け取ってもらうまでのやり取りも、一応けじめとして雰囲気は出すらしいが、お金を受け取ると一気に柔和になる。

「家の件、悪かったな。急なことで」

申し訳なさそうに言われて、慌てて首を振る。

「いいえ。驚きましたけど、お陰で返済額が一気に減りましたから結果良かったです。それに、家を売った件は野沢さんが主導じゃないでしょう?」

そういうと少し驚いたように目を開いた。そしてゴニョゴニョと口ごもる。それに対してフフッと笑みがこぼれる。

「やっぱり。野沢さんにしてはやり方が荒々しいなと思ったんです」
「すまん。お前の親父に返済の相談をされて、上司が家を売ることを決めたんだ」
「父が返済の相談を?」

首を傾げると野沢さんは頷く。
父はお金を借りる相談はしても、返済の相談はしないタイプだと思っていたが……。

「柚月、お前もう26歳だろ」
「え? はい」

急に言われて戸惑いながら返事をする。
実は先月誕生日を迎えていた。といっても、気が付いたら誕生日が過ぎていたのだけれど。

「親父さん、お前の心配していたんだ。20代後半になってそろそろいい人も出てくる。その時に親が借金しているせいで破談になったりして迷惑をかけることは嫌なんだって」
「お父さんが……、そんなことを……」

思わずジーンとしてしまったが、よくよく考えればそもそもお父さんが借金なんてしなければこんなことにはならなかった。
何をいまさら、と思うと目にたまった涙が一瞬にして引っ込む。

「やっっっと娘の将来を考えてくれて良かったです」
「ほんとだな!」

力を入れてそう言うと、相槌を打って笑う。
そして野沢さんは運ばれてきたパスタをあっという間に平らげていた。ちなみに私にはオムライス。毎月それは変わらない。
昔から働く父の代わりにお金を届ける私に、野沢さんがオムライスを奢ってくれていた。きっと野沢さんの中で私はいつまでもオムライスで喜ぶ子供なんだろうな。
借金取りなのに優しいから、親戚のおじさんのような気持になってしまう。

「柚月、お前いまどうしているんだ?」
「今は同期の家でお世話になっています」
「同期……、彼氏か」

ニヤッと笑う野沢さんに慌てて手を振って否定する。三雲君とはそんな仲ではない。

「違います! 本当にただの同期で……」
「男なのは否定しないんだな」

言葉に詰まるとニヤニヤしてどこか嬉しそうだ。

「そうかそうか、柚月もついに男ができたか~」
「だから違いますって」
「まぁ、どこであれちゃんと生活できているなら良かったよ」
「心配してくれていたんですか?」

意外、と呟くと野沢さんは顔をしかめた。

「あのね、俺を何だと思ってやがる。これでも血の通った人間なんだよ。お前のことだから、漫喫で過ごすとか野宿するとか平気でしそうじゃねぇか」

ギグッとする。さすがに何年もこうして毎月会っていると性格が読まれているようだった。
私の表情を見て、野沢さんはため息をつく。

「ほら図星だろ。一応、お前も年頃の女なんだし心配くらいするわ。アホ」
「ありがとうございます」

ぶっきらぼうに言われてついクスッと笑う。
借金取りのクセに心配性でおせっかいで……、良い人なんだよね。言ったら怒られるから言わないけど。

「で? 今はどこら辺に住んでいるんだ?」
「公園の先にある、すぐそこの茶色いマンションです」
「あぁ、あそこか。前の家の近所じゃねぇか」

野沢さんはハハハと笑う。

「そうだ、親父からは連絡あったか?」
「ないですけど、元気にやっていると思いますよ」

確信をもってそう言うと野沢さんが笑った。

「予想通りだ。元気みたいだぞ。いま長野県で働いている」
「えっ!? 居場所知っていたんですか?」

目を丸くすると「まぁな」と頷かれた。でもそれ以上は言わないから、住所は私に教えるつもりはないのだろう。

「仕事が軌道に乗ったら連絡したいとは言っていたぞ」
「軌道に……? まさか、また何か変な事業をするつもりじゃぁ……」

不安になって聞くがそれには首を横に振られた。

「もう懲りたって言っていたし、さすがにやらねぇだろ」
「そうですか……」

なんだ、お父さん元気にやっているのか……。良かった。ちゃんと仕事をしているようで良かった。働いているならご飯も食べられているのだろう。
ホッとしてちょっと涙が溢れた。

「泣くな」

野沢さんの大きな分厚い手が頬に触れ、涙を拭いてくれる。野沢さんは借金取りのくせに本当に優しい。

「安心しました。教えてくれてありがとうございます」

ペコッと頭を下げるとグシャグシャと乱暴に撫でられた。
ご飯を食べ終えて、雑談してからお店を出た。

「じゃぁまたな」
「ご馳走様でした。また来月」

お礼を伝え、喫茶店の前で野沢さんを見送るとホッと息を吐く。
父の安否も知れたし、またこれで借金が減ったという安堵もあった。返済まであとほんの少し。
長かった先が見えてきて心が軽くなってきた。
帰りは足取り軽く、鼻歌混じりで家に帰る。
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