― 伝わりますか ―
「目を……覚ましたか」

 蝉の声が夏を急がせていた。

 木洩れ陽が池の水面(みなも)にうっすらと映り、その反射光は(へや)にまで続いている。が、御簾(みす)のお陰か、それは淡い空気となって届くだけで暑さを示してはいない。

「近くで倒れていたのだ……心配することはない。頭が痛むだろうが、そのうち治るはずだ」

 彼は一息にそう言って笑み、額を冷やすための水を庭先へと放った。

 御簾越しから見ただけでも、かなりの庭園と窺える。水塊は陽の光に透けまばゆく輝き、庭石と砂の上に落ち、シュッと音を立てて気と化した。山の夏は短いが、それだけ強いということなのだろう。

「かなり酷い目に遭ったようだな。何処から来たのだ? 名は何と云う?」

 桶を片手に、彼は(とこ)に伏せていたその者の方を向き、好奇心の目を落とした。細身ではあるが割合しっかりとした様子で、仁王立ちになると広い影がその者を覆った。

「……」

 床から半身を起こしても声は発しない。

「何も話さぬのだな。口がきけぬとでもいうのか」


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