― 伝わりますか ―
 その頃、月葉はと言うと、気を失ったまま籠の中で揺らされていた。

 館を出てからも暴れ、仕方なく失神させられて今に至る。

 ──小さな琴の音がする……。

 と、彼女は意識の奥でそう思った。

 ──母上様の曲だわ。

 遠い遠い想い出。幼き頃ゆりかごの中で聞いた音楽だ。揺られている所為だろう。忘れている筈の記憶が蘇った。

 そして、記憶は近くへと戻る。

 次に聞こえてきたのは馬の足音だった。

 ──何て赤い──。

 視界は赤というより紅。まるで血液のような真紅と夕日のようなぼやけた朱。

 助けられ馬の背に乗り、館へ運ばれた時のことである。

 ──誰?

 背後から現れた黒い影に温かさを感じる。大きな優しい力だった。けれど……何故だろう。どうしても彼に触れることが出来ない。

 ──誰? どなたなのですか? 私を助けてくれたお方……?

 馬の足音が徐々に大きくなって、逆に彼の影は薄らいでいった。彼は笑む。が、それも一瞬のこと。

 ──私を何処に連れていこうというのですか? 嫌です、私はあなた様のお傍に居たい。一日でも、一刻でも、あなた様のお傍に……!



 ──悠仁采様──!!


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