― 伝わりますか ―

[五]

「行け──! ひるむな──!」

 再び悠仁采である。

 織田軍は案の定罠に嵌まり、身動きが取れず混乱の渦に陥った。この時、実のところ敵に戦意はなく、例え軍隊を率いてはいても、それは飽くまでも相手に威圧を与えるためで、本来の目的は話し合いだったのだ。

 が、もし折衝(せっしょう)などしても解決には至らないであろう。その点、悠仁采の作戦はかなり上手く進行していると云える──しかし、

「くそっ、兵の数が多過ぎる。何とかならないのかっ」

 と、彼は小さく呟いて舌打ちした。

 どんなに混乱を招いても百数十の兵である。何処かに必ず平静を保つ部分が出来て、こちらに攻撃を仕掛けてくる。兵数三分の一である八雲軍には厳しい戦いである。

 常に冷静な悠仁采でも、さすがにこの頃の焦燥の加減は、尋常というものを越えようとしていた。なにぶん此処から堺まではひたすら遠い。月葉を逃がすには時間が必要なのだ。とはいえ味方の兵に焦りを移す訳にもいかず、その胸の内は決して表に出してはならない。それ故、心を隠した浅黒い肌は(つぶさ)に血の気が引いたものとなった。


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