― 伝わりますか ―
 つまり平安の世、秘法の薬草を用いて鷹の傷を治す晴頼という鷹匠が、その名を他人に洩らしたかどで、弟を怒りに任せ斬り殺し、その薬草がこのおとぎりであったと云うのだ。

「弟切草……」

 悠仁采はぽつりと呟くと、急に胸の内が痛んだ気がした。

 ──自分もあのまま橘家にて育ったならば、弟を切りはしなかっただろうか──と。

「……この鷹匠が弟を斬った際、血潮が飛び散り、その痕がこの葉に暗点を残したと云い伝えられているのです」

 秋は憂いを帯びた表情で弟切の葉片を手渡し、太陽にかざすように促した。光に透かして見れば、確かに黒く細かい油点が散在している。このように健気な花にそれほど悲しい名があるとは──悠仁采の面持ちは次第に(かたく)なに変貌し、自己を内へと押し留めていった。

「おじじ様?」

 掲げた手を下へと降ろし、そのまま弟切の葉を見詰める悠仁采の沈黙に、秋は首を(かし)げた。

 何も発せず、反応することもなくなった悠仁采に、秋の呼び声は届かない。

「おじじ様……」

 秋は知らず知らず彼の背に手を伸ばし、その柔らかい掌で(さす)っていた。


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