― 伝わりますか ―
 その(のち)右京は辺りを片付け、悠仁采を抱えて小屋の(とこ)へ連れ戻し、狩りへと戻った。

 伊織と秋も二人がいては眠れぬだろうと館へ戻ると言い、それでも悠仁采の寝付く頃までは、心配そうに小屋の外で待機していた。

 やがて瞼が重くなり、暗黒と無の支配が訪れる。

 暗闇に時々ちらつく灯火は、月葉の(とも)した蝋燭か、それとも刀の交わる閃光か。耳には何者も囁かなかった。いや、己の足元から低く押し殺された幾つもの呻き声が、地鳴りのように轟いていた。それは次第に陰を帯びて手の形を造り出し、彼の脚を掴む。今まで殺めてきた数え切れない魂だろうか──もしや影を操る葉隠の末裔? ならば斬れば良い……そなたに斬られるならば本望。こんな誰とも判らぬ刀傷と、川を流れて出来た手負いなどで、身が果てるよりはずっとましだ。

 悠仁采は悪夢に(うな)されながら、それでも本質は生きようとしていた。夢の中ならば幾らでも殺されよう。しかし(うつつ)には未だ待て、と叫ぶ。今は時期ではない。月葉が我が身を救ったあの時のように、今は死ぬ時でないと悟っていた。が、全身の血が、抜け殻の如き肉体から解放せよと傷を(えぐ)った。それを食い止めようと渋る弟切は、仄かに草の匂いを立て、月見草の上、飛び交う矢の下で見詰める月葉を想い出させた。

 ──あなた様のお傍に居たいのです。


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