― 伝わりますか ―
「月……葉……」

 唇が自然と彼女の名を呼び、瞳が焦点を合わせた時。()うに日は暮れていて、囲炉裏の方に人の気配を感じた。右京であった。

「お目覚めになりましたか、おじじ様」

 右京の穏やかな優しい問い掛けは、昨日のものと変わりはない。囲炉裏から覗く炎も同じように、悠仁采の床を温めていた。

「かたじけない……右京殿」

 悠仁采は右京の手を借りて半身を起こし、深く息を吐いた。全身から噴き出した汗が、次第に身体の熱を奪う。右京は秋が擦ってくれたように、しかし此度(こたび)は柔らかい布で、その背を(ぬぐ)ってくれた。

「この暮らし……辛くはないか?」

 悠仁采の静かな問いに、前夜の如く一瞬手を止めた右京であったが、(つぶさ)に元に戻り、

「いいえ……むしろ武士の暮らしよりも、自分に向いております」

 悠仁采にその表情は見えなかったが、特に戸惑った様子はなかった。

 おもむろに何処からか(ふくろう)の声がする。


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