― 伝わりますか ―
 秋は少々風の吹く森の中、小川に沿って緩やかに続く(なら)された小道を、下流へと向けて歩いていた。

 時々小鳥の声がするくらいで辺りは静かだ。草を踏む足取りも軽やかで、弟切の黄色い花弁を見つけては摘んでいくが、此の日は余り見つからず、いつの間にか城の近くまで山を戻ってしまっていた。

「兄っ……様……?」

 森の途切れた先に小さく伊織の背中を見つけ、駆け寄ろうとした足を急いで止める。本能的に太い幹の陰へと身を隠し息を潜めた。伊織の顔を向ける先に、信長の縁者 織田 信近を見た故であった。

 ──何故に兄様と信近様が……?

 伊織は信近に深々と頭を下げるや、館へ向けて歩き出してしまった。引き止めたい気持ちから、危うく身を乗り出すところであったが、信近の陰湿な視線を感じた気がして、慌てて身をすくめる。背を向けた幹の向こうから馬の(いなな)きが聞こえ、それは徐々に近付いてきた気がした。秋は木々や草の茂みに紛れるよう身を小さくして、小屋へ向け走り出した。


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