― 伝わりますか ―
 その間に悠仁采は、無束院への道筋と成すべきことを事細かく右京に伝え、準備を整えた。やがて──。

「秋殿。お別れに日頃そなたの身に着けている何か小物などを頂けないか?」

 悠仁采のその問い掛けに、あたふたと着物の懐を探った秋は、帯の端から小さく弧を描いた可愛らしい柘植(つげ)の櫛を見つけて、恥ずかしそうに手渡した。

「このような物しか差し上げられず……おじじ様、申し訳ございません」

「いいや、これで十分。わしはそなたから返し切れぬほどの恩を頂いた」

 いつになくにっこりと笑んだ悠仁采は、伊織へと向き直り頷いた。旅立ちを促す合図であった。伊織は右京と握手を交わし、別れを惜しむ秋の背を押し離れた。何度となく振り返り、小さくなる二人の影が見えなくなる頃、悠仁采の眼つきが変わった。戦いに身を浸していた頃の鋭く冴えた瞳であった。

「じじ殿……これから、どうされようというのです?」

 悠仁采から放たれる冷たく妖しい空気を感じて、生唾をごくりと呑み込んだ伊織は、それでも何とか勇気を振り絞り問い掛けた。

 静かに城の方向へ振り返った悠仁采は、(くう)を仰いで(のち)、目を伏せる。耳を澄ませば遠くに数頭、馬の足音が響いた。


< 93 / 112 >

この作品をシェア

pagetop