― 伝わりますか ―
「悪いがそなたは木陰に身を潜めていてくだされ。あれぐらいならば、わし一人でこなせよう。但し、万が一にもわしの身が危うくなったら助太刀くだされ」

「いや……お待ちください! あれはおそらく信近殿の家臣……私に織田を斬れと申されるのかっ」

 狼狽する伊織に、冷ややかな視線を送った悠仁采は、

「織田の数人斬ったところで、信長に楯突くことにはなりますまい。今は信近(此の者)の斬られた理由(わけ)、秋殿の消えた動機付けが肝心。わしの考えを説明する間がない故、此処はひとまず納得して身をお隠しくだされ」

 と手で制すや近付く方角に向き直り、胸元で印を結んで精神統一を始めた。

 悠仁采の背後から漂う死相に満ちた霊気が、やがてどす黒い煙となって彼を取り巻き、伊織は怖ろしさとその迫力に負け、森の陰へと後ずさった。

 やがて音は声となり、馬に乗った数人の無骨な男共が、信近の(しかばね)に目を留め戦慄(わなな)き、悠仁采を復讐の眼差しで取り囲んだ。

 ──未だだ。未だ死ねぬ。わしの命を奪える者はただ一人。

 悠仁采は喉元で低く妖術を唱え始める。

 声も出せぬほどの畏怖に圧倒されて、伊織が見詰めたその光景は、地獄絵図以外の何物でもなかった──。


< 94 / 112 >

この作品をシェア

pagetop