僕の好きな人は死にました。

刻の流れ

あの日から優寿と会うことは無くなった。
振り返ってみるとわかるものだが、優寿との接点が塾しかなかったのは僕も驚いた。

僕は毎日のようにLINEを送っていた。
19時、塾が終わるこの時間に「また明日」と聞きたくなって気づいたら送ってしまう。これが恋なのかと浸る時もあれば、流石に嫌われるかなと、不安になる時も。
優寿は丁寧な文字で返事をくれた。決して適当に返信してるようではなさそうな言葉遣いが僕は好きだった。

ある休みの日、思い切って「電話をしたい」と言ってみた。既読がつくまでに何回もトーク画面を行ったり来たり。そんなことをしていたら既読がついて、返事を見た。

[ごめんできないと思う。最近忙しくて時間に余裕ないんだよね。ほんとにごめんね]

別に悲しくも無かった。まぁ、そうだよなと、自分に言い聞かせるだけで。嫌われてるとか脈ナシとか1ミリも思いたく無かった。そう信じたかった。

それでもメッセージは続いた。塾がない日に僕がLINEをしなければ優寿の方から送られてくることも多々あって、楽しかったし嬉しかった。

でも、どうして塾を辞めたのかは聞けなかった。
聞かない方がいい気がして、なにも言わなかった。


そうして、春を迎えようとしていた。



[中国で確認された新型のウイルスに関する肺炎は感染者が600人を超えました。感染者が最も多い中国の武漢市では先ほど現地に住む日本人に重い肺炎の症状が出ていることがわかりました。新型のウイルスによるものか現在調べています。]

テレビから毎日流れる中国の感染者数の報道に耳を貸すのが嫌になっていた。僕たちには関係のない気がして。

[新型ウイルスの感染者が東京・千葉で新たに2人確認されました。国内での感染者はこれで35人となりました。]

近づいているのを感じた。嫌だなぁと思うぐらいで何もできないけど、不安と恐怖が僕に付き纏った。それからはあっという間で、親戚が感染したり、学年閉鎖になったり、休塾になる時もあった。なぜか孤独を感じることは一時もなかった。


その日は雪が降り積もっていた。


2月。私立受験当日を迎えた僕は緊張と心配で心が潰されそうになっていた。私立は葵さんと同じ高校を受ける。コースが違うので偏差値は比べ物にならないが、優寿と会う機会が全くない僕にとって葵さんは心強い存在になっていた。

葵さんと優寿の話はしたことがない。その話をだす余裕もないぐらい葵さんがずっと話しているからだろうか、僕が日和ってるだけなのか。
どこの高校を受けるかもわからない。今何をしているのかもわからない。誰と居るのかも、何を食べてるのかも、今は何で笑うのかも、全部わからない。わかれない。

LINEはするのに、聞かない僕は、聞けない僕はたぶん、怖かったんだと思う。恋って、相手に自分のことがどう思われてるかが一番気になって、印象を少しも下げたくないもの。優寿と話せているならそれで良いやと、言い聞かせている自分もいた。


私立受験合格者発表。
webサイトで合格者速報もあったが、やっぱり直接見たいと、葵さんと高校へ向かう。
その電車の中で僕は言った。

「優寿は‥、、なにしてるかな」

2人が黙る。電車の振動がガタンゴトンと、心臓に直接響いているようで、聞かない方が良かったのかと、申し訳ない気持ちが生まれる。


「通信制には入るみたいだよ。」


葵さんがそう言った。優寿の成績は学年トップレベルと聞いたことがあったので通信制という単語に不思議と驚きを隠せなかった。

私立、門町高校の合格が決まった。
葵さんは第一志望のコースは落ちたものの、回し合格というやつで一つ下のコースで合格。それでも僕のコースより遥か上だった。


帰りの電車で葵さんは言った。

「お見舞い、行けたらいいんだけどね」




——— あの雨の日、傘に打ちつける雨音が耳を塞いで、葵さんの声は聞こえていなかった。
< 2 / 2 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

公開作品はありません

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop