妹に婚約者を奪われた私は、呪われた忌子王子様の元へ

約束

 ティアリーゼがミルディンの城に来て、二週間近くが経過した。
 日課であった編み物も再開させ、この地での日常にすっかり慣れつつあった。
 現在も私室にて、夢中で針を動かしている最中である。編み物に没頭しているティアリーゼの耳に、扉を叩く音が届いた。
 叩扉の主はレイヴンだった。
 レイヴンはテーブルに置かれた、編みかけの物を一瞥してから尋ねる。

「ユリウス様とのお茶の時間となっていますが、よろしいでしょうか?」
「分かりました」
「ではお茶の用意をして参りますので、サロンの方へお越し下さいませ」

 サロンへ足を運ぶと、既に長椅子に腰掛けていたユリウスが「ティア」と嬉しそうに声を弾ませる。
 相変わらず顔の上半分が仮面に覆われているユリウスだが、ティアリーゼは大分彼の表情が読み取れるようになっていた。
 普段通り元気そうに見えるがユリウス曰く、やっと書類仕事から解放されたところらしく、疲労しているとのこと。

「お疲れ様です」
「ティアのお陰で、意地でも休憩を捥ぎ取れるようになって感謝している。流石のレイヴンも、ティアとの時間を削らせるような嫌がらせまではしないようだからな」
「そうなのですか?そんなにもお仕事が大変なのですね」

 ティアリーゼが心配そうに伺う。

「そもそもレイヴンの言い方は『バリバリ働け』などという直接的なものではなく『ユリウス様ならもっといける筈です』やら、『またまた、本当は全然疲れていないんでしょう?』などと言って、休憩時間をのらりくらりとかわそうとする。とにかく、言い方もやり口もいやらしいんだ」
「いやらしくて悪かったですね」

 紅茶と焼き菓子を乗せたワゴンを押しながら、レイヴンがサロンへとやってきた。

「そんな私はユリウス様が休憩を取られている間に、書類仕事を片付けてきましょうかね」
「嫌味ったらしいな……お前のお陰で助かってるよ、僕が悪かった」

 レイヴンは話しながらもてきぱきと菓子やカップを並べ、お茶を注いでいく。
 配膳を終えたレイヴンが退室すると、サロンは再びティアリーゼとユリウスの二人きりとなった。

「香りのいいお茶ですね」
「レイヴンの挿れたお茶はとても美味しいんだ」
「こちらはレイヴンが淹れたのですか?」
「うん。休憩の際に出してくれるお茶は、基本レイヴンが淹れている」
「書類仕事のお手伝いに、執事として配膳のお仕事もして、お茶まで淹れてくれるなんて、レイヴンって本当に凄く有能なんですね。ユリウス様もレイヴンも、人並み以上にお仕事なさっているようにお見受け致します」

 ユリウスと対面した時を思い返す。
 自身が崩してしまった雪像の腕を、ユリウスはレイヴンに直すよう命じていた。主人の命を受けたことにより、庭園に置かれたイエティの雪像は、レイヴンの手によっていつのまにか腕が均等に整えられていた。
 そしてレイヴンの主人に当たるユリウスもまた、身の回りをほとんど自身でこなし、村の雪下ろしを手伝うなどしている。
 王都で見てきた貴族とのあまりの違いに、ティアは日々驚かされていた。

「ユリウス様は身の回りのことも、ほとんどご自分でなさっている気が……」
「使用人が少ないからな。細かなことでわざわざ他の者を呼び付けるより、出来る範囲は自分達でやるのが当たり前になっている。その方が効率がいいし」
「確かに、このお城は使用人の数が少なく感じますね」
「僕の身分と出生の関係で、必要以上に使用人を雇用しない方針なんだ。父上の意向でね」
「あ……」

 ティアリーゼは言葉に窮した。
 この城は王族が住まうにしては、使用人の数が少ないと思っていた。
 隠された忌子である、第一王子に仕える使用人が増える程、国の秘密が漏れる確率も上がる。それは国王の意に反することだ。
 ティアリーゼが公爵邸から連れて来た、マシューとターニャもユリウスの出自については知らされていない。

 当然のことを口にしてしまい、余計な説明をさせてしまったかと動揺しかけたが、ユリウスは特に気にした様子はなかった。

「ま、レイヴンは頑丈だから心配いらない。それにレイヴンのお茶は美味しいんだ」
 
(大事な事だから二回言ったのでしょうか)

 レイヴンの淹れるお茶を素直に何度も「美味しい」と口にするユリウスを見て、ティアリーゼは微笑ましく思った。
 きっとユリウスが美味しいと言ってくれるから、どんなに忙しくてもレイヴンは主人のために、お茶を用意するのだろう。

 普段はお互い憎まれ口を言い合う二人だが、決して仲が悪くは見えない。信頼し合えているからこそ、憎まれ口を叩いても関係は良好のままなのだ。そんな関係性を築けている二人をティアリーゼは羨ましく思った。
 カップに注がれたお茶を飲み干してから、ティアリーゼは口を開く。

「とても美味しいお茶でした。そういえば、わたしも王都の公爵邸では、自分で飲むお茶を淹れていたんですよ。勿論レイヴンには敵いませんが」
「前に使用人として、一通りのことが出来ると言ってたよね、そういえばお茶も淹れられるとも」
「はい。自分でお茶を淹れて飲むのが日課でした」
「……飲んでみたいな」

 ユリウスが思わず零す。

「え」
「ティアが淹れてくれたお茶を飲んでみたいな」
「レイヴン程、上手く淹れられる自信はありませんけど……」
「僕はティアが淹れてくれたお茶がいい」

 仮面越しに、真摯な色を宿した赤紫の瞳と目が合う。

 日常的に、こんなにも美味しいお茶を飲んでいるユリウスに、自分が淹れたもので満足して貰えるだろうか?
 しかしユリウスが、絶対領域以外で自分に何かを要求してくるなど珍しいと、ティアリーゼは考えた。

 ずっとユリウスに与えられるばかりだった自分に、彼はお茶を淹れて欲しいと言った。
 美味しいと言って貰えるだろうかと、不安もあるが同時に嬉しくもある。

「では今度、ユリウス様にお茶を淹れさせて下さいね」
「とても楽しみだ」

 ──わたしも。
 ティアリーゼは心中で呟くいた。
 ユリウスの口元が弧を描く。仮面越しでも、瞳に喜色が浮かんだのが分かった。

(いつぶりかしら、約束を楽しみだと思うのは)

 この城に来てから──いや、ユリウスと出会ってから随分と心が軽くなったような気がする。
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