初めての恋はあなたとしたい

入社式

4月。
大学を卒業し、無事に就活を終え晴れて社会人となった。
大手企業への就職は考えていた以上に厳しく、本当に何度挫けそうになったかわからない。けれどこうして希望した蔵野グループに就職が決まり、今日は真新しいスーツを身につけて入社式に臨んだ。

「副社長からのご挨拶です。新入生起立」

すると見慣れた顔が舞台中央へと出てきた。
私にとってはたっくんと呼んでいる彼、蔵野拓巳だ。
たっくんは190センチの長身に少し後ろに流した髪の毛は色気があると言わざるを得ない。オーダーメイドのスーツにベスト、ネクタイは茶系のものを合わせている。切れ長の一重はクールに見えるが、小さい頃から見てきた私にとってたっくんはクールなところなんてひとつもない。優しくて、頭が良くて、格好良くて、気配りができて……数え上げたらキリがないくらいいいところしか見えない。そんな彼に近づきたくて私はここ、蔵野グループに就職した。
小さな頃は「たっくんと結婚する!」と大きな声で言えたが、大人になるとなんて無謀なことを言っていたのだろうと自分が恥ずかしくなる。
160センチの平均的身長に、ごく平均的な顔立ち。緩いパーマがかかった髪型はやや幼く見えがちで変えようか悩みどころだが、たっくんに以前可愛いって言われたから変えずにいた。そんな私が何百人といる入社式で他の社員と同じようなスーツを着ていたらたっくんは私に気がつくわけがない。そもそも彼は私が蔵野グループに入社したことも知らないはずだ。
お兄ちゃんには「落ちたら恥ずかしいから言わないで」と伝えていた。受かってからも「驚かせたいから言わないで」と箝口令を敷いていた。
お兄ちゃんもたっくんに誘われるように蔵野グループに就職している。大学もたっくんと肩を並べるように入ったので何の憂いもなく早々と就職を決めてきた。本社で経営企画に携わっているようだ。
私は今日どこに配属されるか発表される。
近くなければせっかく蔵野グループに就職したのにたっくんと働けなくなってしまう。そう考えると気が重たくなるが、企業の末端でもたっくんを回り回って助ける仕事になるのならと意欲的に考えた。
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