君がくれた無垢な愛を僕は今日も抱きしめる
リハビリセンターでの入院生活は順調で、週末に一日退院できることになった。問題なければ正式に退院できることになる。

両親に連れられて帰宅した自宅は懐かしい気がしたけれど、そこに両親と一緒に住んでいたのだと思うと不思議な感じがした。

当たり前の光景が当たり前じゃない。
頭にモヤがかかったように曖昧な世界だ。

「陽茉莉、大丈夫そう?」

「はい、この部屋のものは私が使っていたものだって記憶があるので、特に問題ないかと思います」

「困ったことがあったら言ってね」

「ありがとうございます」

丁寧な言葉づかいに母は眉を寄せた。親子なのに他人行儀な陽茉莉。けれどそれを責めたり強制してはいけない。

わかっているからこそ、もどかしい。

こんな風に陽茉莉を手元に置いておきたかったわけじゃない。過去を悔やんでも戻らないけれど、せめて今の陽茉莉が不自由なく幸せに暮らせるように、母は精一杯自分の気持ちを押し殺した。

「ほら、君が笑っていないと陽茉莉が不安になるよ」

父がぽんと優しく背中を押す。

「そう、そうよね」

「君の気持ちは僕が受け止めるから、安心して。それより陽茉莉がこんなに早く回復してよかったよ。どんな形にしろ、娘が家にいるのはやっぱり嬉しいね」

「そうね。本当によかった。これならすぐに退院できそうよね。亮平くんにも連絡してあげたの?」

「うん。それなんだけどね……」

父は表情を曇らす。
亮平との会話がずっと心に引っ掛かっている。

「亮平くん、陽茉莉の記憶が戻らないなら自分は身を引くって……」

「…………」

これが良いのか悪いのかわからない。自分が判断できるとも思えない。考えても結論は出なかった。だからそれに対して明確に返事はしなかった。

亮平が決めたことだから口は出せない。彼だって車椅子で記憶のない陽茉莉の面倒を見るのは難しいだろう。

だったらやっぱり――。

そう思うものの、亮平といる陽茉莉の笑顔や亮平の話をする陽茉莉の楽しそうな声を思い出すと、胸が潰れそうになる。

だからこそ、可能性は低いかもしれないけれどいつか陽茉莉の記憶が戻りますようにと願わずにはいられなかった。

そんなそれぞれの想いが停滞する中、季節は否応なく巡っていった。
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