君がくれた無垢な愛を僕は今日も抱きしめる
8.手がかり
陽茉莉が退院してから四ヶ月が経った。
季節はあっという間に冬へ移行している。

その間、陽茉莉は自宅で療養しながら定期的に病院に通い、リハビリに励んでいた。もうすっかりとよくなって、あんな大事故に遭って入院していたとは思えないほどに元気だ。

初めの頃は記憶障害とは別に、物事を忘れやすいだとか簡単な計算がわからなくなるだとか、そんなこともあったけれど、今はもう違和感なく生活できている。

「私、仕事をしてもいいでしょうか?」

新聞に挟まっている求人の広告を見て、陽茉莉は尋ねた。自分に何ができるかわからないけれど、いつまでも家にいるのも違う気がする。

「ああ、それなら――」

と父に教えられたのは、レトワールの連絡先だった。

「レトワールって、黄色い看板のケーキ屋さんですね」

「そうそう。陽茉莉はそこで働いていたんだよ。店長さんから、もしまた働きたくなったらいつでも連絡してくれって言われていたんだ」

「そうだったんですか。じゃあ電話を……あっ」

陽茉莉は思い出したように声を上げる。どうした? と尋ねれば申し訳なさそうに眉を下げる。

「実は携帯電話のパスワードがわからなくて、ずっと使えない状態なんです。パスワード、わからないですよね?」

「さすがに娘のものでもパスワードはわからないな。ショップへ持っていったら初期化してもらえるんじゃないかな?」

「それだと、ダメな気がして……。えっと、初期化って何もなくなっちゃうってことですよね? たぶん……たぶんなんですけど、そこに私の思い出が入っている気がしてて……それを無くしたくなくて……」

退院して体の調子もよくなってきた頃に、身の回りのものを確認してみた。その中に携帯電話があり電源を入れてみたのだが、パスワードがかかっていて開くことができなかった。あいにく指紋認証の設定などはしていなかったらしく、どうにもこうにもパスワードが突破できない。

自分の記憶を取り戻したい陽茉莉にとって、携帯電話の中にあるデータは重要なもののような気がしていたのだ。

それともうひとつ、自分の部屋から一枚の名刺と共にダイヤモンドが幾重にも散りばめられた高価そうな指輪を見つけていた。どう考えても普段使いのアクセサリーとは違う。

これは一体何なのだろう。
まったく思い出せない。
思い出せないけれど、思い出さなくてはいけないもののような気がする。

よく、わからないけれど。

頭にモヤがかかる。
なんだろうか、もどかしくてたまらない。
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