まじないの召喚師2 ー鬼の子と五大名家ー
「さて、次はこいつらだな」
身体を起こした先輩が、実験動物達を見る。
それらはヨモギ君の指揮のもと行儀良くしていた。
つぶらな瞳で見つめられて、これからの審判を下すのに躊躇ってしまいそう。
「このひとたち、どうなるの?」
ヨモギ君が不安そうに先輩を見上げる。
「ここでは暮らしにくいだろうから、あやかしの世界に送ってもらったほうがいいんじゃないか?」
言いながら、先輩はイカネさんに伺うような視線を向ける。
それが面白くなくて、ツクヨミノミコトが口を挟んだ。
「少なくとも、ここにいるより幸せになれるさ」
「………ツクヨミ、何か知っているのか?」
「私はあちら側に関知する、その一部の例外さ」
先輩が驚いたように私を見る。
ツクヨミノミコトは誇らしげに胸をたたいた。
「向こうは人間のように、私利私欲の為の争いはしない。先住民の怒りを買うことさえなければ、穏やかに暮らせると保証しよう」
ヨモギ君は先輩を見つめ、先輩はひとつ頷いた。
「つくよみ、よろしくおねがいします。このひとたちを、あっちのせかいへつれていってください」
マシロ君は礼儀正しくぺこりと頭を下げた。
私相手にはそんなこと絶対にしないのに、ツクヨミノミコトには平身低頭。
幼くして、世渡りをわかってらっしゃるよ。
「いいでしょう。……………さあ、この扉を潜りなさい」
ツクヨミノミコトが手をかざしたそこに月の光が集まり、次第に扉を形作る。
音もなく奥側に開いた先は、真っ黒な中に細かい光が散っていて、宇宙空間に似ていた。
「この先は、自由だ」
「みんな、げんきでな!」
実験動物達はヨモギ君を名残惜しそうに見ながら、扉をくぐっていった。
最後のひとりまで見送ってから、扉は静かに閉まり、すうっと消えた。
「また、会えるんだよな?」
哀愁ただようヨモギ君の背中をたたいた先輩は、ツクヨミノミコトに問う。
「もちろん。先輩が望むなら、彼らの元に道を繋げよう」
「ツクヨミノミコト」
「………オモイカネにバレないよう、こっそり頼むよ」
イカネさんが苦手なツクヨミノミコトは、さっと先輩に耳打ちした。
「お前、ツクヨミを裏切るなよ」
「うらぎるな!」
「な!」
よく通る声。
先輩の脅しに、ヨモギ君とマシロ君が続く。
事情を知らない他の人たちの視線が刺さる。
ツクヨミノミコトに向かってツクヨミを裏切るな、と言っている。
正確には、ツクヨミノミコトの内にいる天原月海に向かって、言っているのだが。
ツクヨミノミコトと私が同一人物だからおかしな光景として映るだけであって、間違ってはいない。
『月海、きみがオモイカネに黙ってくれるだけで、皆が幸せになれる』
『イカネさんに秘密を持つ私が幸せじゃあないんですが』
『大丈夫だ、うまくやる』
『やらないでください!』
「それじゃあ皆さんご機嫌よう」
『無視かい!』
ツクヨミノミコトは優雅に一礼すると、後ろに牛車が現れた。
ひとりでに後ろの簾があがる。
「汚い大人の人達とは、二度と会わないでいいかなぁ。帰りの背中にご注意を」
バッと自身の背中を確認する当主達に、ツクヨミノミコトは「あはっ」と笑った。
先輩と白髪の子供達が浮き上がり、牛車の中に吸い込まれる。
「人同士の争いに神を巻き込むな。次は無いと思いなさい」
ひと睨みの後、イカネさんとアメノウズメが牛車に乗り込む。
「若者とは、会う機会があるかもね?」
次期当主にバイバイと手を振ってから、私も乗り込む。
簾が降りて、牛車は月に向けて走り出した。