春色ドロップス

第1章 一学期

 「只今より江南照葉高校の開学式及び第一期生入学式を執り行います。」
しんと静まった講堂の人群れに覆いかぶさるように凛とした女性の声が響いた。
そして、、、。
 「これより本学へ入学を許可されました新入生の皆さんが入場しますので、教員 ご父兄の皆様、ご来賓の皆様 揃ってご起立いただき拍手にてお迎えください。」
教頭 鈴山恵子の案内に合わせるように【新入生入口】と書かれた重たい鉄の扉が開かれた。
 静かに校歌が流される中、ぼくらは担任と思しき教員に先導されて椅子の前に立った。
演壇には校長 竹内静香が静かな笑みを浮かべて立っている。 教員がぼくらから離れた。
「皆様 ご着席ください。」 その声にざわざわと波が立ち、全員が席に着いた。
「校長より入学許可の挨拶をしていただきます。」
鈴山教頭は一礼すると校長にマイクを渡した。

 「この晴れの日に当たりまして校長に任命されました私から新入生の皆さん、そして教職員並びにご父兄の皆様方に対しまして感謝とお喜びのご挨拶をさせていただきます。
本学はこれまでの馴れ合いを打破し、それぞれがそれぞれにしか無い才能と特性を思う存分に発揮できる環境を皆さんにとって最高の形で提供したいという願いから作られた学校であります。
ですからカリキュラムも担当教員との双方向での対話を中心として進めていくことを基本理念といたしております。
 これまでの学校生活はともすれば偏差値に追われ、試験の点数のみが生徒の価値を表す物であるかのように教員も教育管理者も思ってまいりました。
 しかしながらそれだけでは生徒自身のやる気を削いでしまうことにしかなりません。
また、それがために社会精神が大きく歪んでしまったのも痛恨の事実であります。
ですから本校では成績評価は年間を通じての評価のみとし、普段は個性を重視した教育を行っていくこととしております。」

 校長の話はまだまだ続いている。 ぼくは何気に隣を見た。
(知らない子だな。) キッと前を向いたメガネ女子である。
時々、手を握ったり開いたりしながら校長の話を聞いている。
笑うことも無く澄ましている顔が美しくさえ見えるのはなぜだろうか?
静かに前を向いたままで視線を泳がせることも無い。
「私は真面目なの。 ふざけてる人は嫌いよ。」って言っているみたい。

 再び教頭がマイクを握って演壇に立った。
「これより各クラスの担任と副担任をご紹介いたします。
同時に担当教科もお知らせいたしますので覚えていてくださいね。」
 彼女はまず担任を呼び集めた。
「普通課1年1組から3組まで。 吉岡正先生。」 「よろしく。」
「同じく4組から6組まで、古賀真理子先生。」 「よろしくお願いします。」
「続いて生活園芸課1年1組と2組、小笠原克之先生。」 「よろしく。」
「最後に産業育成課1年、義武麗奈先生。」 「よろしくお願いします。」
「以上、1学年9クラスの体制で今年度の学業をスタートいたします。
続いて副担任ですが、、、。」
午前9時から始まった入学式が終わったのは11時半を過ぎてからだった。
ぼくらは拍手で送り出されてから長い長い廊下を歩いてそれぞれの教室へ向かった。
 ちなみにぼくは灰原健太。 1年1組らしい。
特技らしい特技も趣味らしい趣味も無い。 何となく勉強して高校生になってしまった。
将来の夢を聞かれても夢らしい夢を見たことも無い。
ふつうだったら消防士とかパイロットとか言いそうなものを、、、。
友達だってそんなに居ない。 居なくても寂しいって思ったことが無いから。
好きだって思うような女の子も居ないしねえ。 目立つような目立たないような、、、。
 それで席順はどうかって言うと、、、かなり後ろのほうになっちゃった。 椅子に座って隣を見たらさっきの女の子だ。
変に落ち着いて見えるのはなぜだろう? 「私になんか話し掛けないでね。」ってオーラがビンビンと出まくっている。
でもさあ、ずっとこれから隣なんだよね? 緊張しっぱなしじゃないか。
 チャイムが鳴った。 「ではこれからホームルームを始めよう。 挨拶をしてくれないか?」
直立した吉岡先生は30人の生徒たちを見回した。 そう、30人学級なんだ。
「では、、、有村幸子さん 号令を掛けてくれるかな?」 「起立! 礼! 着席!」
「元気だねえ。 さすがは高校生だ。」 ショートヘアの幸子はコクっと頷いた。
「じゃあ、名前を呼ぶから自己紹介をしてくれ。 いいね?」 「はーい。」
「返事は「はい。」でいい。」 厳しい先生だなあ。
 ここからは出席番号順に、、、。

 相沢信之、取り敢えずは前期の学級委員。
クラス1のアニメお宅で、勉強よりもアニメを見るのが大好き。
 赤城大輔、自称クラス1の力持ち。
重量挙げの選手になりたくてなぜかドラム缶と格闘中。
 有村幸子、副学級委員なんだけど、クラスメートにはいつも忘れ去られているクラス1ののんびり屋。
 伊藤つかさ、クラス1のお喋りでとにかくうるさい。
 今林伊沙子、保健委員。 だからなのか、掃除になるとめっちゃうるさい。
でもさあ、いつも一番に風邪をひくんだよねえ?
 岩崎信成、自称 クラスで一番歌がうまいらしい。
でも最後まで聞いたことは無いんだけどなあ。
 浦田一馬、これでも野球部のキャプテンで体育委員。
中学時代もそうだったけど、あだ名はトンネル王だって。
 江越洋一、図書委員なんだけど、君さあ誰より本嫌いでしょ?
 遠藤貴子、くらす1物静かな女の子。
だけどさあ、、、。
 折原由紀、灰原健太一押しの美人です。
でもこれからずっとぼくとは話してくれません。
 貝島信子、クラス1のスマホ女子と自称する割には、、、。
でも学芸員なんですよ 彼女。
 笠原裕子、クラス1の料理好き。
将来の夢は料理研究家になることだそうです。
 神田川康江、クラス1の英語ギャル。
教科担任のお手伝いをしてしまうお嬢様。
 北島直治、可哀そうに陸上部のキャプテンなんです 恐ろしいくらいののろまなのに、、、。
 北島洋子、この二人 双子でも兄弟でも何でもありません。
 栗原巌、クラス1の目立ちたがり屋。 いつも吉岡先生を激怒させる問題児です。
 栗山達子、愛称 栗嬢。 自宅は喫茶店。
おやつはいつもショコラ、、、。 虫歯になりそう。
 小西和幸、クラス1のドカベン。
でっかい弁当箱がこいつのトレードマークだった。
 小山かおり、クラス1の文学少女、、、と自称しておりますが、本を読んでいる所を見たことが、、、。
 斉藤由貴、甘えるような話し方で男の子たちをいつもムラムラさせる問題児。
 冴島渉、クラス1の地図マニア。 いつも地図を見ながらぶつぶつ、、、。
 添田一郎、野球部でいっちばんおもろいのはこいつ。 だってさあ、バットが当たった試し無いんだもーん。
 田宮涼子、クラス1のプールガール。 前世は魚だったのかなあ?
でもさあ、平泳ぎをしているはずなのに、犬かきにしか見えないのはなぜ?
 津村幸太郎、クラス1の実験お宅。 何か不気味。
 本田奈美恵、クラス1の数学好き。 いつも飽きずに消費税の計算をしてます。
 馬宮劉、クラス1の動物好き。
だってさあ、実家がペットショップなんだもんねえ。
 山下尚子、クラス1の天然お嬢。 謎めいた宇宙人キャラが微妙に人気。
でもねえ、実家はランジェリーショップなのです。
 和田勉、クラス1のがり勉。 みんなの仲間にはまず入りません。
以上。
 ついでに言うと副担任は保健体育の川本美奈先生。
みんなからは美奈っちって呼ばれている天然な先生だ。
「じゃあ、ここからは川本先生にお願いするから頼んだぞ。」 吉岡先生はそう言うと教室を出て行った。
「よろしくお願いします。」 美奈っちがお辞儀をした時、、、。
ガン! 思いっきり机に頭をぶつけたものだから一番前のつかさがゲラゲラと笑い始めた。
「ごめんなさい。 いきなり打っちゃって、、、。」 そう、美奈っちは思ったより背が低かったんだ。
「笑い過ぎだよ タコ!」 勉がすかさずつかさに突っ込む。
「さあさあ、係を決めましょうか。 これからが大事なスタートなんですから。」 勉を睨みつけるつかさを宥めながら美奈っちは話を進めていく。
ってなわけで、先に書いたような係が決まったわけです。 お前は何もしないのかって?
発言する間もなく決められちゃったから何も無いんだ。 折原さんもそうみたい。
というよりは「私何も興味無いから勝手にやっててね。」って言いたそうな目をしている。
ホームルームが終わるとつかさと勉の睨み合いが始まった。 「まあまあ、暴れない暴れない。」
相沢が学級委員らしく二人の間に入ろうとするが、誰もそれに気付いていない。 ああ、可哀そう。
 ホームルームが終わるとみんな揃って賑やかに下校する。 学校から15分くらいで電車の駅に、、、。
自転車組は校門を出ると右に左に散らばっていくんだけど、電車組はそうでもない。
通学路沿いには幼稚園も有るし、床屋とかパン屋とかも在る。 パン屋に飛び込んで品定めをしている女の子たちも居る。
なんてったって、ぼくらが最初の入学生なんだ。 戸惑いだって有るよ。
まだまだ先生たちも知らない人ばかりなんだし、どんなふうに授業が始まるのかも分からない。
そしてぼくにとって一番気になるのは隣に座っていた折原さんのことだ。 どんな人なんだろう?
真面目そうだってことは分かるけど、それ以外のことは何も分からない。
 中学まで一緒だった彩葉とは違うみたいだし、ぼくが話せるようなタイプじゃ無さそう、、、。
< 1 / 3 >

この作品をシェア

pagetop