春色ドロップス
「健太、買い物に行ってきてくれない?」 「またマヨネーズ?」
「違うわよ。 豚肉とね、玉葱と、、、。」 「分かった。 メモ書いてよ。」
「しゃあないなあ。 それくらい覚えなさいよ。」 「忙しいんだもん。」
「お母さんのほうがあんたより忙しいわよ。」 文句を言いながら、それでも母さんはメモを書いて寄越した。
「行ってくるね。」 「行ってらっしゃーーーーい。 お兄様。」
そんなわけでぼくは昼下がりの町へ出て行った。
時々車が通り過ぎるくらいの静かな道を歩いていく。 彩葉の家とは反対側だ。
(帰りに寄ってみようかな。) そうは思ったが荷物を持ったままでは大変だよな。
スーパーに飛び込んで売り場を回る。 メモを見ながら籠に野菜を入れていく。
相沢やつかさたちは今頃遊んでるんだろうなあ。 羨ましいもんだよ。
ぼくが住んでるこの辺りでは彩葉くらいしか居ないからね。 彩葉がつまんないってことは無いんだけどさ。
彩葉とはいつもトランプとかオセロばかりやってたよな。 走り回ったり出来ないからって。
スーパーを出ようとするとミナッチが歩いてくるのが見えた。 「あらあら、灰原君。 お買い物?」
「頼まれたんです。」 「そっか。 私も早めに帰れたから買い物に来たの。」
ニコニコしながら店に入っていくミナッチを見送りながら、ぼくはあの日のことを思い出してしまった。
(なかなか可愛い先生だよなあ。 喋りながら棚に飛び込むなんて、、、。) 駐車場でぼんやりしていたらミナッチが出てきた。
「あらら、待っててくれたの?」 「いやあ、別に、、、。」
「でもいいわ。 一緒に帰りましょう。」 ミナッチと並んで駅までの道を歩く。
なんだか恋人にでもなったような気分だ。 彼女が出来たらこうなるのかな?
ミナッチはあれやこれやと話し掛けてくる。 ぼくは知ってる限りの話をする。
駅前通りへの道はここから15分ほど行ったところだ。 「じゃあ、明日また会いましょうねえ。」
ミナッチは明るく笑いながら手を振った。 「ただいま。」
「おやおや? なんか嬉しいことでも有ったのかい?」 「何で?」
「目が笑ってるよ。」 「そんなこと無いよ。」
ぼくは荷物を母さんに預けると部屋へ入っていった。
隣の部屋からは妹がcdを聞いているのが聞こえてくる。 ぼくは窓を開けて床に寝転がった。
運動会のあの日、彩葉は放送席の隅に居た。 「ここだったらテントの中だから大丈夫だろう。」って話になってね。
でも、それを良く思わない人たちが騒ぎを起こしたんだ。 放送席の先生たちにも食い掛って大変だったよな。
「あの子は運動会もさぼるんですか? さぼるんだったら家に帰しなさいよ。」 「そうだそうだ。 運動できない子なんでしょう? こんなのに居てもらっちゃ息子が可哀そうだ。」
「さっさと帰しなさい。 目障りだわ。」 好き勝手に言い放つ親たちの我儘をじっと聞いていた先生はブチ切れた。
「あんたらに指図されるような俺じゃない。 帰れというのであればあんたらが帰ればいいじゃないか。 関わりたくないというのであればあんたらが消えればいいじゃないか。」
親たちを睨み付けて迫ってくるものだからクレイマーたちは尻込みしてしまった。 でもその後で教育委員会に泣き付いたんだよな。
教育委員会だってどう説得したらいいのか分からなかっただろう。 「ご意見はお預かりします。」とだけ答えたという。
クレイマーたちはそれだけでは収まり切れずに署名活動まで始めてしまった。 ところが、、、。
「あんたらさ、頭おかしくないか? 彩葉ちゃんは病気なんだよ。 日に当たることも出来ないんだ。 あんたら予想できないだろう? 自分の体じゃないから分からないだろう? それでもあんたらは騒ぎ続けるのか?」
父さんがガン切れして親たちを追求し続ける。 「そんなことを言われても教育上、これは良くないことです。」
必死に母親たちが捲し立ててくる。 保護者会は険悪なムードになってきた。
「教育上、悪いのはあんたらみたいに何かと騒ぎを起こして弱い子供たちを排除することじゃないのか? あんたら何処でそんなことを覚えてきたんだ?」
「だからですね、病気だからと言って特別扱いするのは良くないって言ってるんです。」 「日に当たれない人を日陰に居させることが特別扱いですか? だったら、それを理由に帰れって言うほうがよほどに特別扱いじゃないですか?」
「灰原さんとは議論になりません。 出て行ってください。」 「議論にならないのはあなたのほうですよ。」
「そうだ!」 それまで黙っていたうどん屋の親父さんが口を開いた。
「議論議論って言うけど、あんたらはただごねてるだけじゃないか。 それじゃあ議論なんて言えないよ。 幼稚園からやり直したほうがいいんじゃないか?」 この追撃に親たちはドッと笑い出してしまった。
彩葉問題を取り上げた親たちは反論できなくて飛ぶように逃げてしまった。 うどん屋の親父さんは父さんに「気を付けたほうがいい。 あいつらは文句しか言わない困った連中だね。」と笑った。
以来、騒ぎらしい騒ぎは起きなくなったが、最後に葬式ごっこをやってしまった。
花束を置いたという母親が自殺したことで決着したように思っている人たちも居るんだけど、実際にはそうでもなさそうだ。
「あの子はそうまでして可哀そうだって思われたいのかね?」なんて言ってる母親たちは今だって居る。 顔を見ればしかめっ面をするというから、、、。
だから彩葉は昼間に外出することを止めてしまった。 その延長で通信制に決めたんだよ。
つかさがよく言っていた。 「何を言われても何をされても負けちゃダメだからね。 あたしらが居るんだから。」
あいつはさ、いつも騒いでるし軽く見られるやつなんだけど、意外と頼りになるんだよ。
高校ではバレーをやるんだって。 「あたしはエースだからねえ。」なんていつも言ってる。
何ともヘンテコなクラスメートたちに囲まれてるんだなあ。 その中に折原さんが居る。
夕食を食べた後、ぼくはなぜか早めに寝てしまった。
翌日は健康診断やら何やらで朝から動き回っている。 この頃は普通科以外の生徒もバタバタと忙しそう。
職業訓練とか農業実習とか実践が多いから準備も大変らしいんだ。 農機具の点検をしたり、機械の説明を受けたり、、、。
ぼくらにはさっぱり分からないや。 しかもそちらは5年コースだ。
数学だけで頭がいっぱいになるぼくらにはとても無理だなあ。
保健室前の廊下はものすごい混雑ぶり。 女子だ男子だってまとめるのも大変。
それが済むと今度は部活の打ち合わせ。 取り合えず帰宅組のぼくは教室に戻ってきた。
ホッと溜息を吐いて隣を見たら折原さんが静かに本を読んでいた。 (この人はいつも変わらないなあ。)
「灰原君、、、だったよね?」 「う、うん。」
「緊張してるのかな?」 「だって折原さんはよく分かってないから。」
「そうなんだ。 私ね、こう見えても寂しがり屋なの。」 「え? そんなんには見えないけど。」
「みんなに言われる。 マイペースだとか黙ってて怖いとか、、、。」 「そうかもね。」
「灰原君もそう思った?」 「いや、知らない人だからさ、どんな子なんだろうって気になってたんだ。」 「そっか。 よろしくね。」
いきなり折原さんが話し掛けてくるものだから文句でも言われるのかと思って緊張しちゃったよ。 でも話せてよかった。
「違うわよ。 豚肉とね、玉葱と、、、。」 「分かった。 メモ書いてよ。」
「しゃあないなあ。 それくらい覚えなさいよ。」 「忙しいんだもん。」
「お母さんのほうがあんたより忙しいわよ。」 文句を言いながら、それでも母さんはメモを書いて寄越した。
「行ってくるね。」 「行ってらっしゃーーーーい。 お兄様。」
そんなわけでぼくは昼下がりの町へ出て行った。
時々車が通り過ぎるくらいの静かな道を歩いていく。 彩葉の家とは反対側だ。
(帰りに寄ってみようかな。) そうは思ったが荷物を持ったままでは大変だよな。
スーパーに飛び込んで売り場を回る。 メモを見ながら籠に野菜を入れていく。
相沢やつかさたちは今頃遊んでるんだろうなあ。 羨ましいもんだよ。
ぼくが住んでるこの辺りでは彩葉くらいしか居ないからね。 彩葉がつまんないってことは無いんだけどさ。
彩葉とはいつもトランプとかオセロばかりやってたよな。 走り回ったり出来ないからって。
スーパーを出ようとするとミナッチが歩いてくるのが見えた。 「あらあら、灰原君。 お買い物?」
「頼まれたんです。」 「そっか。 私も早めに帰れたから買い物に来たの。」
ニコニコしながら店に入っていくミナッチを見送りながら、ぼくはあの日のことを思い出してしまった。
(なかなか可愛い先生だよなあ。 喋りながら棚に飛び込むなんて、、、。) 駐車場でぼんやりしていたらミナッチが出てきた。
「あらら、待っててくれたの?」 「いやあ、別に、、、。」
「でもいいわ。 一緒に帰りましょう。」 ミナッチと並んで駅までの道を歩く。
なんだか恋人にでもなったような気分だ。 彼女が出来たらこうなるのかな?
ミナッチはあれやこれやと話し掛けてくる。 ぼくは知ってる限りの話をする。
駅前通りへの道はここから15分ほど行ったところだ。 「じゃあ、明日また会いましょうねえ。」
ミナッチは明るく笑いながら手を振った。 「ただいま。」
「おやおや? なんか嬉しいことでも有ったのかい?」 「何で?」
「目が笑ってるよ。」 「そんなこと無いよ。」
ぼくは荷物を母さんに預けると部屋へ入っていった。
隣の部屋からは妹がcdを聞いているのが聞こえてくる。 ぼくは窓を開けて床に寝転がった。
運動会のあの日、彩葉は放送席の隅に居た。 「ここだったらテントの中だから大丈夫だろう。」って話になってね。
でも、それを良く思わない人たちが騒ぎを起こしたんだ。 放送席の先生たちにも食い掛って大変だったよな。
「あの子は運動会もさぼるんですか? さぼるんだったら家に帰しなさいよ。」 「そうだそうだ。 運動できない子なんでしょう? こんなのに居てもらっちゃ息子が可哀そうだ。」
「さっさと帰しなさい。 目障りだわ。」 好き勝手に言い放つ親たちの我儘をじっと聞いていた先生はブチ切れた。
「あんたらに指図されるような俺じゃない。 帰れというのであればあんたらが帰ればいいじゃないか。 関わりたくないというのであればあんたらが消えればいいじゃないか。」
親たちを睨み付けて迫ってくるものだからクレイマーたちは尻込みしてしまった。 でもその後で教育委員会に泣き付いたんだよな。
教育委員会だってどう説得したらいいのか分からなかっただろう。 「ご意見はお預かりします。」とだけ答えたという。
クレイマーたちはそれだけでは収まり切れずに署名活動まで始めてしまった。 ところが、、、。
「あんたらさ、頭おかしくないか? 彩葉ちゃんは病気なんだよ。 日に当たることも出来ないんだ。 あんたら予想できないだろう? 自分の体じゃないから分からないだろう? それでもあんたらは騒ぎ続けるのか?」
父さんがガン切れして親たちを追求し続ける。 「そんなことを言われても教育上、これは良くないことです。」
必死に母親たちが捲し立ててくる。 保護者会は険悪なムードになってきた。
「教育上、悪いのはあんたらみたいに何かと騒ぎを起こして弱い子供たちを排除することじゃないのか? あんたら何処でそんなことを覚えてきたんだ?」
「だからですね、病気だからと言って特別扱いするのは良くないって言ってるんです。」 「日に当たれない人を日陰に居させることが特別扱いですか? だったら、それを理由に帰れって言うほうがよほどに特別扱いじゃないですか?」
「灰原さんとは議論になりません。 出て行ってください。」 「議論にならないのはあなたのほうですよ。」
「そうだ!」 それまで黙っていたうどん屋の親父さんが口を開いた。
「議論議論って言うけど、あんたらはただごねてるだけじゃないか。 それじゃあ議論なんて言えないよ。 幼稚園からやり直したほうがいいんじゃないか?」 この追撃に親たちはドッと笑い出してしまった。
彩葉問題を取り上げた親たちは反論できなくて飛ぶように逃げてしまった。 うどん屋の親父さんは父さんに「気を付けたほうがいい。 あいつらは文句しか言わない困った連中だね。」と笑った。
以来、騒ぎらしい騒ぎは起きなくなったが、最後に葬式ごっこをやってしまった。
花束を置いたという母親が自殺したことで決着したように思っている人たちも居るんだけど、実際にはそうでもなさそうだ。
「あの子はそうまでして可哀そうだって思われたいのかね?」なんて言ってる母親たちは今だって居る。 顔を見ればしかめっ面をするというから、、、。
だから彩葉は昼間に外出することを止めてしまった。 その延長で通信制に決めたんだよ。
つかさがよく言っていた。 「何を言われても何をされても負けちゃダメだからね。 あたしらが居るんだから。」
あいつはさ、いつも騒いでるし軽く見られるやつなんだけど、意外と頼りになるんだよ。
高校ではバレーをやるんだって。 「あたしはエースだからねえ。」なんていつも言ってる。
何ともヘンテコなクラスメートたちに囲まれてるんだなあ。 その中に折原さんが居る。
夕食を食べた後、ぼくはなぜか早めに寝てしまった。
翌日は健康診断やら何やらで朝から動き回っている。 この頃は普通科以外の生徒もバタバタと忙しそう。
職業訓練とか農業実習とか実践が多いから準備も大変らしいんだ。 農機具の点検をしたり、機械の説明を受けたり、、、。
ぼくらにはさっぱり分からないや。 しかもそちらは5年コースだ。
数学だけで頭がいっぱいになるぼくらにはとても無理だなあ。
保健室前の廊下はものすごい混雑ぶり。 女子だ男子だってまとめるのも大変。
それが済むと今度は部活の打ち合わせ。 取り合えず帰宅組のぼくは教室に戻ってきた。
ホッと溜息を吐いて隣を見たら折原さんが静かに本を読んでいた。 (この人はいつも変わらないなあ。)
「灰原君、、、だったよね?」 「う、うん。」
「緊張してるのかな?」 「だって折原さんはよく分かってないから。」
「そうなんだ。 私ね、こう見えても寂しがり屋なの。」 「え? そんなんには見えないけど。」
「みんなに言われる。 マイペースだとか黙ってて怖いとか、、、。」 「そうかもね。」
「灰原君もそう思った?」 「いや、知らない人だからさ、どんな子なんだろうって気になってたんだ。」 「そっか。 よろしくね。」
いきなり折原さんが話し掛けてくるものだから文句でも言われるのかと思って緊張しちゃったよ。 でも話せてよかった。