Actress〜偽りから始まるプラハの恋〜
『じゃあ少しお借りするね。環菜さん、こちらへ一緒に来てもらえますか?』

手招きされ、私はアンドレイに目配せしたあと、桜庭さんの後ろに続いた。

どうやら外に行くようだった。

「せっかくだから桜を近くで見たくないですか?」

2人になると、桜庭さんは英語から日本語へと言葉を切り替えた。

それに(なら)って、私も日本語で答える。

「そうですね。なかなか見られる機会もないですし。ところで、私にお願いしたいことって何ですか?」

「あとでちゃんと説明しますよ。とりあえずこちらへ」

そう言うと、彼は慣れたように手のひらを上に向けた手を私へ差し出してきた。

あの王子様風の笑顔に、この自然な仕草のエスコートはなんとも絵になる。

思わず私も一瞬ドキッとしてしまう。

彼の手のひらの上に軽く手を乗せ、そのエスコートに応じる。

日本にいるとこんなふうにエスコートされる機会はほぼないから、慣れなくてなんだか変な汗をかいてしまいそうだった。

(ダメダメ!今の私は上品で洗練された大人の女性で、アンドレイのパートナー役なんだから。こんなの当然のことなんだから)

一瞬だけ軽く目を閉じ、再び自分に役を落とし込んだ。


エスコートされたまま連れて行かれたのは、満開に咲き誇る桜の下だった。

時折風に吹かれてピンク色の花びらが雪のようにチラチラと舞っていて幻想的だ。

「きれいですね‥‥」

思わず感嘆のため息がこぼれ落ちた。

思えばこうやって間近で桜をゆっくり見るのなんて何年ぶりだろうか。

桜のシーズンは人が多くなかなか行けないし、ドラマや映画の撮影で訪れたとしても、鑑賞するどころではなかったのだ。

「喜んでいただけて良かったです。さて、お願いしたいことについてですが、これは仕事ではなく、僕個人からのお願いなんです」

桜庭さんはエスコートの手を離し、私と向かい合うと、あの笑顔を浮かべて話し始めた。

キラースマイルとも言うべき笑顔を向けられ、桜を見て和んでいた私の心は一転して警戒を強める。

(桜庭さん個人のお願い?そんなの、なんだか穏やかじゃないものの気がするんだけど‥‥)

私の警戒を見抜きながらも、彼は私の目をじっと見つめながら口を開く。

彼が放ったその言葉は、予想を超えた驚きの内容で、私はただただ目を丸くした。


ーー「僕の婚約者を演じてくれませんか?」


そう、こんな突拍子もないものだったのだ。



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