あの時、一番好きだった君に。-恋恋し編-

 お互い程よく酔いが回った頃に気付いた。
 笑うタイミング、話しかけるタイミング、突っ込むタイミング、驚くほど自然で違和感が無い。いつしか航河君と喋ることが、途轍もなく心地好い瞬間となっていた。

「あー、そういえば千景ちゃん」
「……んん? ちゃん?」
「あ、ごめ……まぁいっかぁ。千景ちゃん」
「ちゃん付けになってるからびっくりした」
「仕事の時はさんって呼ぶよ。普段は良いよねぇ。直人も千景ちゃんって呼んでるし」
「直人はすぐちゃん付けだったもん」
「アイツは馴れ馴れしい」
「広絵は? 広絵ちゃんって呼ばないの?」
「広絵さんをちゃんで呼ぶのは勇気いるわ。千景ちゃんは、ちゃんって感じする」
「なんだそれは。一応年上なんですけど?」
「数ヶ月しか変わんないじゃんー」
「そうなんだけどさぁ」

 段々とアルコールを頼むスピードが上がっていく。

「そういえばさ、なんで私なの?」
「何が?」
「今日誘ったの。直人とかいるし、みんは誘っても良かったんじゃない?」
「んー。千景ちゃんが、1番喋ってて楽しいもん。気楽だしさ。くだらない話にも、付き合ってくれるし」
「彼女さん――美織さんは知ってるの?」
「うん。ちゃんと言ってきた。『千景ちゃんとご飯行ってくる』って言ったら、『あぁ、千景ちゃんね』って」
「……私のこと知ってるの?」
「最近よく話すの。仲良いよって」
「怒られない?」
「何で? 全然」
「はぁ……」
「あと、千景ちゃんが一番急でも来てくれそう」
「それは都合のいい女じゃん。変な扱いやめてもらえます?」

(……しかし、否定は出来ないなぁ。実際ホイホイ来ちゃったわけだし)

 1人バツが悪くなり、チビチビとお酒を煽った。

「あ、そういえば、この間見に行ったパズル、買ったよ!」
「マジで? 進んでる?」
「うん! 結構似たピース多くて、難しいかも」
「色分けと外枠分けて工夫しても、ピース多いと辛いよね」
「おんなじ色の違う形とかホント分かりづらい」

(あぁ――楽しい――)

 気付くと、もう2時間は経過していた。一緒にいる時間は、こんなに早く感じるのだ。私はグラスに残ったカシスオレンジを飲み干して、次の一杯を頼んだ。

 ――私は気付いた。いや、正確には、当然ながらもっと前から分かっていた。……つまり、改めて思い知らされた、と言った方が正しいかもしれない。だって今までに何度も、『好きだな』と思うタイミングはあったのだから。友達としての好き、ではなくて。私は航河君が好きだ。異性として。彼女がいることは分かっている。だから今は、この瞬間を大事にしたい。好きな人と笑い合える、この瞬間を。
 ――好きだと言ったら、きっとこの関係は壊れてしまうだろう。"友達以上、恋人未満"のような、曖昧な関係。

 もちろん、そう思っているのが私だけだということは、よくよく分かっている。航河君のことは好きだが、今は航河君と美織さんに別れて欲しいとは思わない。航河君は、美織さんを愛しているから。楽しそうに話すその姿も、全て好きなのだ。

 それに、航河君が私のことをどう思っているかなんて、サッパリ分からない。私が知らないだけで、仲の良い女の子達はみんな同じ扱いなのかもしれない。その上で、たまたま私が、一番言いやすい位置関係にいただけ。

(……それはそれでメチャメチャたらしなのでは……? 考えたのは自分だけど)

 話を聞いて欲しい時に大袈裟になる仕草も、どこか行きたい場所がある時に、自分からは誘わずに匂わせて誘ってくれるのを待つのも。
 夜遅くなれば必ず送って、その見返りを求めずに去っていくのも。
 男の子と仲良くすると、まるでヤキモチを妬いたように拗ねてしまうのも。
 疲れているように見えたら『大丈夫? どうしたの?』と声を掛け、ちゃんとみている人がいると思わせてくれるのも。

(……いや、これ全部女の子達にやってたら逆に凄いな……? 死ぬほどしんどそう)

「ねぇ、千景ちゃんって、彼氏いないの?」
「いないよ」
「前いたのは聞いたけど、そこから出来たりしてないの?」
「してない」
「ほんとに?」
「うん、本当」
「作らないの?」
「んー……」
「まぁ、俺が彼氏みたいなもんだよね」

 そう言って、1人でコクコクと頷いている。

(なぜそれで納得するの……)

「……はぁ。イマイチ否定が出来ないけど。股がけするの? 航河君」
「ふふふ。……こーちゃんって呼んでも良いよ。美織さん、俺のことこーちゃんって呼ぶし」
「なにそれ、良いのかなぁ。だって相手彼女だよ?」
「良いよ。特別感ない?」
「あはは、じゃあ、こーちゃん」
「はぁい」
「……こーちゃん、美織さん大事にしなきゃダメよ?」
「分かってるよ。千景ちゃんも大事だけどね。泣かす奴は、俺が許さん」
「あらやだわ、ありがとう」

 嬉しい反面、胸が痛い。美織さんに申し訳ない気持ちと、彼女のいる人を好きになって辛い気持ちと。このまま付き合えたらどんなに良いか。そう考えないこともない。だが、美織さんのことを話す航河君を知っているから、それも含めての航河君を好きになったと思っている。矛盾しているかもしれないが、今の私はこんな台詞を吐いてしまえるのだ。

 でも、『美織さん大事にしなきゃダメよ』と言った私は、一体どんな顔をしていたんだろう。

(……変な顔、してないと良いな)
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