あの時、一番好きだった君に。-恋恋し編-

 恋は盲目とはよく言ったもので、自覚すればするほど、相手のことを好きになっていく。悪い部分には目を瞑り、良い部分はよく目につき。航河君の優しさは、良い部分で悪い部分でもある。目を逸らしたいのに、逸らすことが出来ない。

「……あ、忘れてた」
「どうしたの?」
「いや、今日佳代さんから聞いたんだけど、佳代さん結婚するんだって」
「マジ? めちゃおめでたいじゃん!」
「だよねぇ。で、結婚式の二次会に参加しないかって」
「……千景ちゃんが?」
「私と、航河君」
「え、なんで俺?」
「私が最初誘われたんだけど、知り合いがいないと思うから、仲良い人と一緒に来る? って言われて。広絵はその日シフト入ってて、航河君は空いてたから聞いてみて欲しいって言われたの」

(……さらっと佳代さんにも、仲良し認定されてるのよね……)

「ふぅん。いつ?」
「えっとね、再来週の……」

 手帳を出して確認する。航河君に予定が入っていたとしても、私1人で行けば良い。オフ会にもそれなりに出てきたのだ。知らない人ばかりでもなんとかなるだろう。

(社会人ばっかりっぽいから、ちょっと緊張するけど。みんな年上だよね……)

「その日かぁ。多分、休みたいから休みにしただけだったと思うよ。だから、行こうか一緒に」
「ほんと? 良かった! 佳代さんにメールしておくね!」

 思わずホッとする。1人で行けるとは言え、やはり知り合いが1人でもいるのは心強い。

「多少格好考えた方が良いんだよね?」
「一次会から来てる人達は、みんなスーツとかパーティードレスみたいなの着てそう。私は一応、ワンピースで行くつもりだけど」
「じゃあ俺はスーツかな。成人式用に買った奴あるし。合わせた方が浮かないでしょう」
「そうだね。……なんか緊張してきた」
「なんで? スーツ着てカッコイイ俺も見られるし、俺いれば大丈夫でしょ」
「……前半の言葉要る?」
「むしろそっちがメイン!」
「嘘だ!?」

(……楽しみかと言われると楽しみですよ……)

 ……とは、とてもじゃないが口に出来なかった。

「あ、そういや、あんまり遅くならない方が良いんだっけ?」
「うん。……まぁもう結構な時間だよね。眠たくなっちゃうかなぁと思って」
「じゃあ、そろそろ帰ろうか、送ってくよ」
「ん、ありがとう」

 航河君の誕生日だし、支払いをしようと思ったが、『誘ったのは俺だから、カッコつけさせて』と、航河君が支払ってくれた。――申し訳ない、誕生日なのに。

 店を出て少し歩いた時、航河君の知り合いに出会った。向こうも気付いて、会釈をする。

「びっくりした、ここで会うとは思わなかった」
「知り合い?」
「うん、美織さんの友達」
「えっ、私一緒にいたけど大丈夫? 何か言われない?」
「美織さんには千景ちゃんと一緒にご飯って言ってあるから大丈夫だよ」
「……そっか、なら良いけど」
「あー、驚いた。美織さんに言っておいてよかった」
「……ほんとだね」

 チクリ、と胸に何か刺さった気がした。そうだ。そうなのだ。私は美織さんに『良いよ』と言われているから、こうして2人で出かけることが出来るのだ。

 ――もし、航河君のことが好きだという気持ちが、美織さんに知れてしまったら。今と同じように、2人で過ごすことは出来るのだろうか。――いいや、きっと、出来ないだろう。誰だって、自分の彼氏を好きな人間と2人きりにさせたくない筈だ。

「……どうかした? 千景ちゃん」
「……ううん。ありがと、こーちゃん」

 お酒を飲む予定でいたから、航河君も今日は歩きだった。少し、離れて歩いてみたが、自然と距離はすぐに縮まっていった。離れても、航河君が寄って来る。いや、私が寄って行ってるのかもしれない。航河君の二の腕と私の肩がぶつかるが、どちらも特に何か言う訳でもない。ただ、肩がぶつかる度に、2人の距離の近さを感じた。

「……いけない、忘れるとこだった!」
「千景ちゃん、今日忘れ過ぎじゃない?」
「まだ忘れてないから! ギリギリセーフだから!」

 私は鞄にしまっていたプレゼントを取り出すと、航河君に差し出した。

「お誕生日おめでとう。……言葉だけも、味気無いでしょ?」
「……おぉ……マジ? ありがとう。急に誘ったのに、用意してくれてたの?」
「誕生日絶対会わないと思ってたから、買ってなかったんだよね。待ってる間に、ちょっと」
「……千景ちゃんデキる女……!」
「あはは。褒めてもこれ以上は何も出てこないよ?」
「いや、これはホントに嬉しい。マジありがとう」
「それだけ喜んでくれたら、私も嬉しいよ」
「……来年も祝ってね?」
「まさか! ……来年は、ちゃんと彼女さんと過ごしな」
「また仕事かもしれない」
「『去年仕事だったんだから、今年こそは何卒!』って、その時は拝み倒しなさい」

 航河君の未来の彼女は、私の中で美織さんに変わりなかった。

「今日は楽しかった。急なのにきてくれてありがとね」
「私も楽しかったよ。気をつけて帰ってね。送ってくれて、ありがとう」
「うん。……それじゃあ、おやすみ」
「うん、おやすみなさい」

 玄関先で別れると、急いでお風呂に入り、寝る支度をする。お風呂から上がると、航河君からメールが来ていた。

『今日はありがと。おかげで寂しくない誕生日だった。千景ちゃんが誰かと付き合う時は、変な奴じゃないか俺がチェックするからね! おやすみ』

「あはは……チェックしてどーすんの……」

 鼻の奥がツンと痛み、不意に携帯の画面が滲んだ。

「あれ……なんで私、泣いてるんだろ……」

 涙で濡れた目を擦りながら、『何も悲しいことはない』と、自分で自分に言い聞かせた。
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