黄昏色の街で
 味噌汁を飲みながら佳代子の顔を見詰める。 「どうしたんですか?」
「いや、、、なんとなく、、、。」 「おかしいなあ。 昨夜私のパジャマ捲ってたでしょう?」
「知ってたの?」 「なんか、モソモソしてるなあって思ってました。」
「いやいやごめん。 出来心で、、、。」 「あのまま抱かれたかったなあ。 私も30歳だから、、、。」
どこか寂しそうな目で私を見詰めてくる。 謝っていいのか悪いのか私には分からなくなった。
 「私の友達に女優をやっている子が居るんです。」 「女優?」
「あっち系のね。」 「あっちって?」
「アダルトですよ アダルト。」 「ああ、、、、。」
「その作品とかいうのを見てくれって言うから見たんですよ。」 「どうだった?」
「なんかさあ、やっぱりドラマ仕立てになってるから便乗感がまるで無くて、、、。」 「そんな物かねえ?」
佳代子はスマホを取り出すと検索を始めた。 「美人社長のやつだから、、、ああこれこれ。」
そう言ってスマホを私のほうに突き出してくる。 温泉旅館での話らしい。
 ショートヘアでやや丸顔の女が露天風呂を見ながら酒を飲んでいる。 そこへ男が入ってきて風呂へ誘いを掛ける。
(ドラマならよくやりそうな演出だな。) そう思っていると縁側で男が女を押し倒して、、、。
 「どうですか?」 「ドラマだって思えば大したこと無いねえ。」
「そうでしょう? 私もドラマよりリアルで抱かれたいなって思って、、、。」 「佳代子ちゃんなら相手くらい居るだろう。」
「ところがどっこい、、、、なんですよ。 ぜんぜん居なくて。」 佳代子は立ち上がると空になった食器を洗い始めた。
私は背伸びをしながら畳の上に寝転がってみた。 「グァーーー、、、。」
台所で佳代子が笑いをこらえているのが分かる。 食器を洗い終わった佳代子は私の傍に来ると上にかぶさってきた。
「おいおい、朝っぱらからそれは無いよ。」 「いいんです。 今日は思いっきり小林さんに甘えたくて。」
「でもそれじゃあ、、、。」 彼女はシャツを捲くると胸を押し付けてきた。
私は無我夢中だった。 初めてだった。
若い娘を心行くまで冒したのは。 二人とも汗だくだった。
 「小林さん、初めてでした。 もっともっと好きになりたい。」 「私もだよ。 でもね、その前に約束しよう。」
「何を?」 「体だけの関係で終わらせないことだよ。」
「分かってます。 私は小林さんの奥さんになりたいんです。 このままずっと。」 「いいんだね?」
「はい。」
 休日の真昼間だっていうのに、私たちは裸のまま布団の中でゴロゴロしていた。
窓の外はいつものように静かで時間だけが過ぎていくようだ。 日との声も物音もしない。
たまに遠くのほうで市電の走る音が聞こえるだけ。 その中で私たちは夢を見ていた。
何度も絡み合っては互いを確かめ合ってまた夢の中へ落ちる。 気が付くとどちらかが腕枕で眠っている。

 夕方の風が吹いてきたころ、私はやっと起き出してテレビを付けた。 何かの映画をやっているようだ。
「そろそろ起きたほうがいいんじゃないのかね?」 「え? 何時ですか?」
「もうすぐ5時だよ。」 「今日は帰らなきゃなあ。 明日の準備も有るんだし、、、。」
「そのほうがいい。 私と一緒に出勤したらそれこそ怪しまれてしまう。」 「それもそうですね。」
目覚めのお茶を飲みながら佳代子は明るく笑った。
「また来ます。 小林さん 気持ち良かったです。」 私は玄関で振り向いた彼女に長いキスをした。
「忘れられなくなっちゃいそう。」 「忘れなくていいよ。」
「そうでしたね。 ご主人様。」 「おいおい、今からそれはやめてくれよ。」
「いいじゃないですか。 二人だけのひ、み、つ。」 「ああ。」
そう言って私は彼女を送り出したのだった。

 だがしかし、その夜は何とも言えない寂しさに支配されてしまってこれまたどうしようもない。 デリバリーを呼ぶわけにもいかないし、だからって帰ってこいとも言えない。
どちらがいいのかさっぱり分からなくて酒ばかり飲んでいるとすっかり酔ってしまった。
これ幸いとばかりに布団に潜りこんだのだが、そしたらそしたらで、あの体を思い出してしまって眠れそうにない。 結局、朝までボーっとするしか無くなって私は天井を仰いだ。
「何ていうおっさんだ、、、。 若い女を抱いたからってこうも朝まで寝れなくなるとは、、、。」 しかしまあ、考えてみれば体験しなかったことが次々と起きたんだ。
興奮するのも無理は無い。 人生は勉強だなあ。
 佳代子はというと家に着くなり、掃除屋ら何やらでバタバタしてしまってここ数日のことを思い出す暇さえ無さそうだ。
新聞も溜まっていたし、何しろ炊飯器のご飯が腐ってしまって耐えがたい異臭を放っていた。 「うわーーーーー、、、。」
窓を開け放し、扇風機を担ぎ出して回してみる。 それでもやっとらしい。
疲れてしまった彼女はベッタリと床に座り込んでしまった。
「あーあ、帰らないほうが良かったかもなあ。」 溜息を吐きながら布団に潜り込む。
ゴロゴロと寝返りを打ちながら朝になってしまった。

 月曜日、会社はいつも通りに賑やかである。
私は何事も無かったような顔で玄関を潜り、管理部の部屋へ、、、。
その後を追い掛けるように佳代子が入ってきた。 「おはようございまあす。」
「ああ、おはよう。」 「昨日は眠れましたか?」
「いやねえ、佳代ちゃんが帰ってから落ち着かなくて、、、。」 「あらまあ、どうして?」
「忘れられなくなったんだなあ たぶん。」 「小林さんって初心なんですね?」
「そうかなあ? 女とこうして一緒に過ごしたことが無いから。」 「私は嬉しかったですよ。 ずっと好きだった人に奪われて。」
「ごめんなあ。 勢いでやっちゃって。」 「いいんです。 愛してくれてることが分かりましたから。」
 佳代子は机の上に束ねられた書類を見ながら物思いにふけっている。 時々、顔を赤くしながら、、、。
「うーん、、、。」とか「あーん、、、。」とか小さな声を漏らすものだから私は気が気ではないのだが、、、。
でもそんな彼女の幸せそうな顔を見ながら自分も萌えていることに気付いたから大変だ。
書類のチェックをしながら「ダメダメ。」とか「後でね。」とかブツブツ言っていると佳代子の笑う声が聞こえてきた。
「どうしたの?」 「だって、、、さっきからブツブツ言ってるんだもん。 なんかおかしくて。」
「ごめんごめん。 またやっちまった。」 「やっぱり愛してくれてるんですね? 嬉しい。」
「そんなに嬉しいか?」 「だってさあ、私はまだまだ娘ですから。」
「箸が転がっただけでもおかしいってやつ?」 「そうかも。」
なんとまあ平和な部屋なんだろう? 他の部署は朝から、ああだこうだと争ってるというのに。
 管理部は私と佳代子だけだからこれでいいのかもしれない。 他にも人が居たらこうはならなかったよな。
 窓を開けると気持ちのいい風が吹き込んでくる。 学校のチャイムの音が聞こえる。
3時間目くらいなのかなあ? コーヒーを飲みながら佳代子と向き合ってみる。
まじまじと見詰めてくる彼女の眼にはうっすらと涙が光っていた。
 お互いの吐息が絡み合う。 黙っているのに心が会話している。
そっと佳代子の頬に触れてみる。 不思議なくらいに暖かく感じる。
(誰も来ませんように。) 互いに同じことを考えている。
(昨日だったんだよな。) ふと佳代子の手を握った私はキスをした。
そしたら佳代子が舌を入れてきたからびっくり。 悟られないように気持ちを隠しているのだが、、、。
「びっくりしたでしょう?」って佳代子が聞いてきた。 「う、うん。」
「素直なんですねえ。」 「佳代ちゃんだからだよ。」
「誰にも素直なんじゃないかなあ?」 「そう?」
「男の人って気持ちをごまかせないんですねえ。」 私から離れた佳代子はコップを手に取った。
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