黄昏色の街で
 やがて昼になり、私は近くの食堂へ向かった。 その後ろを佳代子も追い掛けてきた。
「ねえねえ、小林さん、何を食べるんですか?」 「今日はカレーにしようかな。」
「カレー化、、、。 私はハヤシライスのほうがいいなあ。」 楽しそうに話しながら食堂へ入っていく。
奥のほうでは部長たちが親子丼を掻き込んでいる。 「こっちに座ろう。」
私が指差したのは窓際の席。 そこにはなぜかミッキーマウスのぬいぐるみが置いてある。 「へえ、可愛い。」
 佳代子は席に着くなりミッキーのぬいぐるみをじっと見詰めている。 部長たちの笑い声が聞こえる。
 営業部とか開発部の部長たちだ。 彼らは入社が古いから仲もいい。
 やがて運ばれてきたカレーを食べながら私はまた佳代子の顔を覗き込んだ。 「何か付いてますか?」
不思議そうに佳代子は聞いてくる。 「何も。」
「そうやって見詰められたら思い出しちゃうじゃないですか。」 佳代子は手を伸ばして私の頬をツンツンしながら笑った。
「思い出す? ああ、あのことか。」 「う、うん。」
 佳代子はハヤシライスを食べながら時々ミッキーに目をやっている。
「これはディズニーランドが開園した時に貰ったんだそうだよ。」 「へえ、そうなんだ。」
「そうです。 お客さん よく知ってますねえ。」 奥からマスターの声が聞こえた。
「最近ではディズニーランドも入園料が上がりましたよねえ?」 「残念かい?」
「そりゃそうですよ。 まだ一回も行ったことは無いんだから。」 膨れっ面の佳代子は水を飲んだ。
 店内は客が引っ切り無しに出入りしている。 昼時はゆっくりと話すことも出来ないくらいだ。
とはいってもそれほどの人気店でもないからか、長い行列が出来ることは無いようだ。
 近頃では動画を見ながら食事をする客とか、ゲームをしながら時間を潰している客が問題になってきている。
過ごし方は人それぞれだが、時間と場所を弁えてもらいたいものだね。 店主の立場にもなってもらいたい。
 そんな客の前に文字盤を置くのもどうかな? 「あと何分ですよ。」とか、、、「そろそろ終わりませんか?」とかね。

 客が入ってきた。 見るとカウンターで食べていた部長たちも帰ったらしい。
「えっと、豚丼を貰おうかな。」 「あいよ。」
スーツ姿の男が水を飲みながら店内を見回している。 その目が玄関で止まった。
(誰か待ってるんだな。) 私は水を飲みながらそう思った。
 佳代子はというと水を飲みながらミッキーを見詰めている。 その横顔が妙に愛しく思えてくる。
(昨日だったんだよな。) 私は佳代子の肩をポンと叩いて店を出た。
 昼休みもあと少し。 会社の脇に在る小さな公園で時間を潰してから帰ってきた私たちはまた机に並んで座った。
「さあて午後のスタートだ。 何処までやれるのかなあ? ねえ、小林さん。」 「やれるとこまでだよ。」
「そんな、、、当たり前のことを言わないでくださいよ。」 「ごめんごめん。」
佳代子は頬っぺたを膨らませると書類に目を落とした。 それからしばらくは無言のまま、、、。
 「ファーーーーーー。」 「どうしたの?」
「1時間もやってたら疲れちゃって、、、。」 「集中し過ぎだよ。」
「そうかなあ?」 背伸びをする佳代子の後ろに立ってみる。
 そして佳代子の肩を揉みながら胸をツンツンしてみる。 「エッチ。 夜にしてください。」
「夜ならいいの?」 「うーん、ダメ。」
「ガク、、、。」 「え? ダメでした?」
 思わずずっこけた私を見て佳代子はクスクス笑いだしてしまった。 「笑わないでよ そんなに。」
「ごめんなさい。 まさか小林さんがこけるとは思わなかったから。」 「意地悪。」
 私はまた佳代子の肩を揉みながら胸をツンツンしてみる。 「やりたくなっちゃいます。 いいですか?」
「うーーん、今はダメ。」 「もう。 小林さんだって意地悪じゃないですか。」
 こうしてお互いにやったのやられたのって言い合いをしながら仕事をしているわけである。 この部屋には社長すら来ないのだからいいのか悪いのか、、、。
いつものように仕事を終わらせると二人でミニ反省会。 何それ?
 他の部署の連中は会議だ何だって夜までやってるんだけど、ここはそうでもないから。
だってさ、他の部署から出された書類を確認して返すだけなんだから。 まあ時々は間違いを指摘したりもするけどね。
 そんなわけで6時半には反省会も終わって家路につくわけです。 電停でぼんやりしているとクラクションを鳴らして車が去っていく。
そしてあのセンチな電車接近情報を聞きながら電車を待つんだ。 隣には佳代子が立っている。
 今日の佳代子はどこか無口で空ばかり見詰めている。 (何か有るのかな?)
やってきた電車に乗り込み、佳代子は私の前に立つ。
やっぱり何か考えている。 何なんだろう?
 「じゃあ、先に降りますね。 お休みなさい。」 佳代子はいつものように笑いながら電車を降りて行った。
私もまたいつものように電車を降りて歩き始めるのだが、何かが違う。 秋の空気に包まれているからなのかいつもよりセンチな気分になっている。
そこへあの声が聞こえてくるものだから自然と早足になってくる。 行き交う車もまばらである。
 秋、10月。 暑かった夏の空気が退いてしまって冬の空気が忍び寄ってきている。
 北海道では初冠雪のニュースも聞こえてきている。 そうなんだろう。
大学には行かずに仕事のために北の町へやってきた私である。 最初の頃は方言にすら戸惑ってしまって大変だった。
 買い物をするにも慣れなくて困ったもんだ。 九州と東北とでは本当に言葉が通じない。
 もっと困ったのは酒の飲み方が違うことだった。
九州の人間はある程度食べてから飲み始める。 ところがね、東北の人間は違うんだ。
ある程度飲んでから食べ始める。 だからね、「何で飲まないんだ?」って聞いてくるやつにはどう言っていいか分からなくてさ、、、。
 それにはちゃんとした理由が有る。 九州人は焼酎が多いんだ。
泡盛もそうだが、度数が高いんだよね。 それをいきなり飲んでしまうと胃を焼いてしまう。
だからある程度食べてから飲むようにしてるんだ。 うまく出来てるもんだねえ。
 家に帰ってくる。 玄関を開けると中は暗い。
居間に落ち着いた私は取り合えず湯を沸かしてお茶を飲みたいと思った。 それにしても佳代子の俯いた顔がどうも気になる。
 (佳代子も一人暮らしだったよな。 たまには誘うか。) 取り立てて仲のいいやつも居ない。
誘い合って飲みに行くことも無い。 遊びに行くことすら無い。
そんな寂しいおっさんがここに居る。 それがさ、二人きりで仕事をしてるんだ。
何気に話しながら何となく互いにくっ付いて、気付いたら、、、。
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