純愛メランコリー

 変わってしまった向坂くんと真正面から話して、何か一つでも取り戻せただろうか。

『好きだから。……お前の苦しむ顔と死んでく姿』

 “昨日”の冷酷な彼を思い出す。

 ぎゅう、と直接握り潰されているみたいに心が痛くなった。

 いっそのこと、嫌いになってしまいたい。
 心の底から憎むことが出来たらどんなにいいだろう。

 何度裏切られても、どうして想いは消えてくれないんだろう?

 向坂くんを好きな気持ちごと、殺してくれたらいいのに。
 そうしたら────。

『菜乃ちゃんか仁くんか、どちらかが死なない限りループは終わらない』

 蒼くんの言っていたその究極の選択を、迷うこともないのに。



*



 登校後、足早に教室へ向かった。

 向坂くんがどこで待ち構えているか分からなくて、身を縮めるように怯えながら急いだ。

 今はとにかく、蒼くんと会って話したい。

 “昨日”は一度も会えなかったから、きっと心配してくれているはずだ。

 教室の中には既に彼の姿があった。

 友だちと談笑していたものの、私と目が合うとどこか遠慮がちに歩み寄ってくる。

「大丈夫?」

 何だか、肩から力が抜けた。
 ほっとした。

 蒼くんの優しい眼差しがあたたかく沁みる。

「今にも死にそうな顔してるよ」

 強がったり否定したりすることは出来なかった。

 実際、私は死にかけている。

(だけど、何か────)

 おかしい……。

「大丈夫なわけないか。急に理人くんがあんなことになっちゃって」

 一瞬、呼吸を忘れた。

 耳を疑い、目を見張る。

「え……?」

「無理しないでね。菜乃ちゃんまで倒れたら大変だし」

 蒼くんは眉を下げつつ柔らかく笑った。

 私は動揺を隠せない。
 瞳が揺れているのが自分でも分かる。

 このやり取りはもう、何度か繰り返した。

 5月7日、蒼くんは決まってそう声をかけてくれるから。

(でも……、ということは────)

 蒼くんは今、記憶をなくしているんだ。

 私の身に起きていることも、向坂くんの殺意も、何度か一緒に過ごした今日のことも、もう覚えていない。
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