純愛メランコリー

「あなたが相原さん?」

 突然、誰かに声をかけられた。

 いつの間にか、私たちの前にスーツ姿の男の人が二人立っていた。

「……はい、俺です」

 蒼くんが頷く。
 私は緊迫したような雰囲気に気圧されてしまう。

「我々は刑事です。搬送された向坂さんですが、あなたが突き落としたそうですね」

 刑事だと名乗った男の人は、淡々と事実を告げた。

 救急車に同乗したとき、蒼くんが自ら話したことだ。
 病院から通報が入ったのかもしれない。

「はい……」

「少しお話いいですか?」

 疑問形でありながら、有無を言わせぬ圧を感じる。

 蒼くんは刑事さんに連れられ、どこかへ行ってしまった。
 「ここにいてください」と言われた私は、大人しく待っているしかなかった。

 長椅子に腰を下ろし、深く息をつく。

 色々な感情が立て続けに沸き起こっては凪いで、何だか疲れてしまった。

 それでも、心配や不安は止まない。

 向坂くんの容態も、蒼くんの処遇も、私の結末も、何一つとして気を抜けなくて。



 ────それから少し経って、看護師さんが来た。

 向坂くんが病室に運ばれた、と聞いて、私はすぐさま向かった。

「向坂くん……」

 まだ、意識はないようだ。

 昏々(こんこん)と眠る彼を見やり、傍らの椅子に腰を下ろす。

(でも、よかった……)

 命を落とすようなことがなくて。

 私は心底安堵し、表情を緩めた。
 身体の強張りがほどけ、冷えきった指先に温度が戻る。
 
 結局、結末は何一つ変わっていないのだけれど、それでも。

 じきに目を覚ますだろう、と看護師さんも言っていたし、深刻な事態にならずに済んだみたいだ。

 蒼くんの気持ちを考えても、本当によかった。



「…………」

 やがて、向坂くんがうっすらと目を開けた。

 どこかほうけたような瞳は潤んでいるように見える。

「向坂くん! 大丈夫?」

 勢いよく立ち上がると、がたん、と椅子が後ろに倒れた。

「ああ……」

 向坂くんは煩わしそうに酸素マスクを外すと、じっと私を見上げた。

「何か、夢見てた……」

 弱っているせいか、声が普段より低くて掠れている。

 そんな場合じゃないと思うのに、何だかどきどきした。
 誤魔化すように聞き返す。

「夢?」

「つか、記憶かな。お前が三澄に殺されてた頃のこと」

「あ……私も、今朝そうだった」

 向坂くんと過ごした時間や話したこと、失ったはずの記憶を取り戻した。

 お陰で今日、彼と真正面から向き合うことへの恐怖や躊躇を捨てられたわけだけれど。

(どうして“今日”なんだろう……)

 何で、今さらそんな夢を見せるの?

 神様の仕業なら、ひどく意地悪だ。

 別れが余計辛く、惜しくなる。
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