水色の手紙をあなたに

2.

 「ねえねえ、それでさあ吉田君。」 「何です?」
「変なことしてないよね?」 「変なこと?」
「あんなこととかこんなこととか、、、。」 「あの、、、昨日初めて連れてきたんですよ。 するわけ無いじゃないっすか。」
「ごめんねえ。 考えすぎちゃって。」 「疲れてるんですよ。」
「そうねえ。 でも吉田君ってさあ、案外ときれいなのね。」 「そうっすか?」
「前のやつなんて部屋がゴミ箱だったから大変だったのよ。」 「それは嫌だなあ。」
「だからさあ、お父さんたちにも言えなかった。 別れて良かったなって思ってる。」 「芳江って一人っ子?」
「んんんん、妹が居る。 三つ下のね。」 「妹か、、、いいなあ。 ぼくは一人っ子だから。」
「お父さんたちは?」 「早くに死んじゃった。 事故だったんだ。」
「そうなのか。 ごめんね、聞いちゃって。」 「いや、芳江さんにはいつか話そうと思ってたんですよ。」
芳江はやっとコーヒーに手を伸ばした。 「私って熱いと飲めないのよ。」
「え? 焼き鳥にはあんなに齧り付いてたのに?」 「食べ物と飲み物は違うのねえ。」
 コーヒーを飲んでいた吉江だが、ふとトレーナーを着ていることに気が付いたらしい。
「スーツは何処に有るんだっけ?」 「寝室にハンガーで掛けてますよ。」
「あらあら、そんなことまでしちゃったの? ありがとう。」
 飲み終わったコップをテーブルに置くと芳江は寝室に入っていった。 「あ、そうそう。 それね、、、。」
(出てこないな。)と思っていたらスマホで打ち合わせの真っ最中。 やっぱり仕事人だ。
 でもさあ、ぼくはその間、着替えさせてる時のことを思い出してしまった。 芳江のワイシャツを脱がし、スカートを脱がしてトレーナーに着替えさせている時のこと。
彼女はブツブツ言ってた。 何て言ってたのかは聞こえなかったけど、、、。
 初めてだったよな、女の人を着替えさせたのって。 でもさ、しわくちゃになったスーツで出勤させたくなかったから、、、。
(それで、変なことしなかった?って聞いてきたんだ。 もしかして芳江ってやったこと無いのかな?)
「あらあら、一人にしちゃってごめんなさいね。」 ボーっとしていると打ち合わせを済ませた芳江が出てきた。
「あ、いえいえ、、、。」 ぼくはなんかドギマギしている。
「どうしたの?」 芳江も不思議に思って聞いてきた。
でもな、「胸 大きいんですね。」なんて聞けないよ。

 夕方になった。 「さてと、そろそろ帰らなきゃやばいよね。」
「そうですか?」 「だって、私たちまだ夫婦でも何でもないんだからさ。」
「そうですよね。」 「あらあら、なんか寂しそうね?」
「だって、、、。」 「もしかしてもっと甘えたかった?」
「かもです。」 「分かったわ。 休みになったらまた遊びに来るわね。」
呼び付けたタクシーが来た。 「じゃあ、明日は会社で会いましょう。」
やっぱり芳江はスーツ姿のほうがいいな。 ぼくは改めてそう思うのだった。
 ぼくがホッとしている所へスマホが鳴った。 (誰だろう?)
注意しながら出てみると、、、。 「雅子です。 覚えてますか?」と言う。
「雅子さん、、、。」 「今、お暇ですか?」
(これはまた何かやるつもりだな。) そう思って用心してはみるのだが、、、。
「もしお暇だったら会いたいんです。 どうですか?」 「それはその、、、。」
「私よりいい人を見付けたんですか?」 「いや、そうじゃなくて、、、。」
「だったらいいでしょう? 8時にアパートに来てください。 玄関で待ってますから。」 電話は一方的に切れた。
(まずいなあ、、、。 芳江とは始まったばかりだし、雅子さんとは切れないし、どうしたらいいんだ?) 悩んでみてもいい解決策など浮かぶわけも無い。
言われるままに大竹アパートへ向けて車を走らせることにした。 20分前である。
当たりはすっかり夜。 街灯も薄暗くて一人で居るのが不気味なほどである。
 「来てくれたのね?」 「約束だから、、、。」
「今夜も防波堤まで行きましょう。 あなたと二人で過ごしたいの。」 今夜も薄いキャミソールに身を包んでいる雅子はどこか色っぽく見えてしまう。
下着が少し透けて見えるからなのか、それともぼくが疲れているからなのか?
海への道、無言でラジオに聞き入る二人、、、。 アナウンサーの楽しそうな語りに時々クスっと笑ってみる。
 少し窓を開ける。 潮の香りが仄かに漂ってくる。
湾岸道路とまでかっこよくは無いが夜の県道を走って行く。 トラックが何台も擦れ違う。
 「私ね、主人と別居しようと思ってるの。」 「え?」
「なんか、最近の主人は何かを隠してるのよ。」 「あなただって、、、。」と思わず言いそうになったが、言葉を飲み込んで速度計に目をやる。
「仕事も中途半端だし、出張も多いし、変でしょ?」 (だからってそれをぼくに吹き掛けられても困るんだけどなあ。)
「だから思い切って別居して暮らしましょうって主人に話したのよ。」 「それでご主人は?」
「何も言わずに出て行ったわ。」 「それって最悪のパターンじゃ、、、?」
「もう何でもいいの。 あの人との生活が終わるんなら死んでもいいわ。」 「それはまずいんじゃ、、、。」
「そう思うんなら私を受け取ってください。」 「受け取る?」
「私、吉田さんにならすべてを捧げられるの。 心も体も。」 「ちょちょちょ、、、それは待って。」
ぼくはドキッとしたのかアクセルを踏み込んでしまった。 「危ない危ない。 突っ込むところだった。」
カーブを何とかやり過ごしたぼくは防波堤の根っこに車を止めた。

 車内灯も何だか薄暗くて雅子さんがボーっと浮かんで見える。 「ここで抱いて。」
時計はもう10時を過ぎていた。 いつものように闇の中では釣り糸を垂れている人たちが居る。
たまに懐中電灯の灯りが闇の中で泳いでいるのが見える。
「ねえ、吉田さん。 今夜も甘えていいでしょう?」 雅子さんはもう待ち切れないという顔でぼくに迫ってくる。
エンジンを止めて車内灯も消したぼくは手探りで雅子さんを捕まえるとその上にかぶさった。
助手席を倒して雅子さんに重なってみる。 いつになく雅子さんも熱い息を吐いているのを感じる。
キャミソールに手を掛けてみる。 「しっかり見てほしいわ。」
ぼくの耳元で囁く雅子さんを抱き締めてみる。 なぜか今夜は離れたくない気分だった。

 前の晩には芳江と飲みに行って酔っ払って家に帰ってきたんだ。 それなのに今は雅子さんと車の中で愛し合っている。
汗だくになって眠っている雅子さんを見ながらぼくはなぜか罪悪感を微塵も感じなかったんだ。
「抱いてほしいって言うから抱いてやった。」 そこに午郎指を刺されるような思いはこれっぽっちも無かった。
これが大人の男と女なのだろうか? これまで夢見てきた清純な物語などそこには無いような気がした。
 真夜中、目を覚ましたぼくは雅子さんを乗せたまま、アパートへ向けて車を走らせていた。 「しばらくはいちでのんびりしてもらおう。」
助手席の雅子さんはすっかり満たされたような顔で眠っている。 あれだけ激しく抱いたのに、、、。
 「主人ったらこの頃は私の顔を見ても何とも思わないのよ。 抱きたいとも思わないんだって。」
「そこまで変わるもんなのかな?」 「吉田さんは結婚したことが無いから分からないのよ。 10年も一緒に居たら変わるみたいね。」
だからと言って最初から毎晩のように抱かれていたわけではないともいう。 どっちが本当なのだろう?
そういえば、今夜はぼくも満足した気分だった。 なんだかやり遂げたって気になった。
それに雅子さんは満足してたのかな? 信じられないような声で喘いでたもんね。
 さて、アパートに着いた。 ドアを開け、眠っている雅子さんを抱き上げて部屋へ向かう。
もちろん、ここはぼくのアパートだ。 部屋に入ると寝室の布団の上に雅子さんを寝かせて居間へ、、、。
今日は有給を取ってる日だから誰も来ない。 電話すら掛かってもこない。
だから雅子さんを連れてこれたんだ。 のんびりしていると朝になった。
 雅子さんはまだまだ眠っている。 ぼくも用事は無いから布団に潜り込んでゴロゴロしている。
そして思い出したように雅子さんと絡んでみる。 いつの間にか雅子さんも服を全部脱いでいた。
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