水色の手紙をあなたに
 その後ろを救急車が付いてきた。 事故でもやったのかな?
電話から15分。 モソモソしながら待っていると黄色いラインが入ったタクシーがやってきた。
「お待たせ。」 「やあ。」
玄関前で止まったタクシーに気取って手を振ってみる。 ぼくが後部座席に落ち着くとタクシーは走り始めた。
 「駅前のさあ、焼鳥屋さんって知ってる?」 「ああ、ニコ鳥とかって店でしょ?」
「あそこで飲もうか。」 「美味そうな店だってブログで読んだこと有りますよ。」
「そうなの?」 「ああ、あの店は美味いよ。 この辺りじゃあ評判だね。」
「そうなんですか?」 「俺もたまに行くんだよ。」
運転手もお墨付きだという店の前で降りて見たぼくらは暖簾を探した。 「無いなあ。」
「確かにここなんだけどなあ。」 ぼくらが捜しているとおじさんが近付いてきた。
「ニコ鳥?」 「そうなんですけど、、、。」
「あの店はねえ、暖簾は出さないんだよ。 ほら、ここだ。」 古ぼけた木の扉を開いてみる。
何ともレトロな今では見られないようなオンボロな店である。 「いらっしゃい。」
カウンターしか無いらしい。 ぼくらは緊張しながら端のほうに座った。
 焼き台には砂肝や下祖などが並んでいて香ばしく焼けているのが分かる。
「お姉さん方 たれはどうしますか?」 「お好みでお願いします。」
「あいよ。 焼き鳥 分かってるねえ。」 「そうですか?」
「何でもかんでも醤油で食べればいいってもんでもないんだよ。 塩のほうが美味いやつだってたくさん有るんだ。」 「お兄さんは飲むのかな?」
「じゃあ、焼酎を水割りで。」 「私もそうするわ。」
 やがて焼けた物から運ばれてくる。 ぼくも吉江も時々互いを見詰めながら串を頬張っている。
そのうちにカウンター席は埋まってしまった。 「人気なんだなあ。」
「雰囲気いいわね。 こんな店大好きよ。」 「もっとおしゃれな店に行くのかと思ってました。」
「あらあら、私ねえ、おしゃれな店って気を遣うから嫌いなのよ。」 隣のおじさんが歌い始めた。
 2時間ほど飲み食いして、さあっていう時、、、。 「改めて乾杯しましょう。」って芳江が言ってきた。
グラスの当たる音がして芳江はそっと涙を拭いた。 「初めてだったわ。 社員を連れて飲みに出たのは。」
「そうなんですか?」 「話し合いとか商談なら何回も飲んでるのよ。 でも個人的に飲んだのは吉田君が初めてね。」
 店を出てブラブラと歩いてみる。 芳江はかなり酔っているらしい。
ぼくはふら付いている芳江を支えながら駅前にまで出てきた。 でもタクシーを待っている間に芳江が寝てしまった。
 「家も知らないのに大変だなあ。」 電話で呼び付けたタクシーに乗ったのはいいが、芳江の家は分からない。
仕方なく芳江を家に連れて行くことにした。
 「ジャンジャン食べてよ。」 「はーい。」
「素直でよろしい。」 「ポチですから。」
「だからさあ、それはやめなさいって。」 「すいません。」
笑いをこらえながら芳江は水割りを流し込んでいる。 機嫌も良さそうだ。
「何 緊張してるの?」 「だって、部長と飲みに来るのって初めてだから、、、。」
「やあねえ。 今夜は金沢芳江よ。 分かってる?」 そう言いながらぼくの頬っぺたにキスをしてくる。
 普段、見たことの無いほど無礼講だ。 芳江が堪らなく愛しく思えてきた。
 そんな芳江が酔ったまま隣に居る。 そういえば、まだ抱かれたこと無いって言ってたな。
あの時の芳江は寂しそうな顔をしてた。

 焼き鳥を食べながら時々串を頬っぺたに刺してくる。 (やんちゃな人だなあ。)
それで痛いような痛くないような微妙な顔をする。 「吉田君ってさあ、もしかして弄られキャラなの?」
「やっと分かったんですか?」 「うん。 分かんなかったわよ。 ってなんてことを言わせるの?」
今度は拳骨が飛んできた。 「面白い人たちだなあ。」
目の前でシシャモを焼いていた親父さんが笑っていた。
 「そろそろ出ますか?」 「そう?」
「2時間くらい飲んでましたからね。」 「そんなに? 分かんなかったなあ。」
「勢いで飲んでたから無理も無いっす。」 「優しいのね。」
「彼女ですから。」 そうやってニコ鳥を出たんだ。
 タクシーを降りた頃には芳江はすっかり酔いが回っていて、一人では歩けなくなっている。 「大丈夫っすか?」
転ばないように抱き留めて階段を上がっていく。 腰まで伸ばした髪が揺れている。
やっとドアの前に辿り着いたが、芳江は倒れ込んできた。 「芳江さん、、、。」
ぼくは夢中で芳江を抱き締める。 熱い吐息を首筋に感じた。
 部屋に入ると取り合えず隅に芳江を座らせてから布団を敷く。 そこでぼくは芳江のパジャマが無いことに気が付いた。
「まあいいや。 トレーナーを着てもらおうか。」 でもさ、女性の服なんて脱がしたこと無いんだよな。
緊張はするけど、スーツのママで寝かせるわけにもいかない。 ぎこちないとは思うけどトレーナーに着替えさせたぼくは芳江を布団に寝かせると開けっ放しの窓を閉めて回った。
 水を飲んでから布団に潜り込む。 そして芳江に腕枕をしてみる。
(雅子さんとは違うな。) この夜、ぼくは初めて金沢芳江を女性として見たような気がする。
それまでは働いている姿しか見たことが無かったのだ。
ここまで酔い潰れて寝ている姿なんて初めてだよな。 何か雅子さんとは違う物を感じるんだ。
(それにしても明日は二日酔いだな。 このままじゃ起きれないぞ。 たまの息抜きに飲んだんだろうけど、こんなに潰れるなんて、、、。)
いつもササっと仕事をしてしまう芳江が酔い潰れて寝ている。 弱さなのかな?
ぼくもその隣で目を閉じた。

 朝になった。 芳江はまだまだ眠っている。
迷ったんだけども、芳江の親父さんに電話して親父さんから会社へ電話してもらうことにした。
 まさかさあ、「今、ぼくの家に居るんです。 今日は飲み過ぎたんで休ませまーす。」なんて言えないよ。
ぼくも二日酔いで頭がグルグル回ってる。 何も出来そうにない。
芳江のスマホが鳴っている。 事務の連中だろう。
ぼくはというと携帯は切ったままでメモの整理をしている。 こんな時に雅子さんとは会えないよ。
周りの様子を伺いながら芳江の様子を時々見に行く。 タオルケットが纏わりついている。
なんか嫌そう。 そっとタオルケットを外してみたりする。
 それでもお構いなしに芳江は寝返りを繰り返している。 髪まで乱れてしまって見たことの無い芳江が現れた。
(トレーナーだとなんか興奮しないなあ。) 良からぬことを考えてはみるが相手は営業部長である。
騒がれてはぼくも会社に居られなくなってしまう。

 昼を過ぎて唸り声を上げながらやっと芳江が起きだしてきた。 「ここは何処?」
「私は誰?」 「ブ、笑わせないでよ。」
「ぼくの部屋ですよ。 酔い潰れてたし金沢さんの部屋は知らないから、、、。」 「そっか、、、。 運ばれてきたんだ。」
「んで、お父さんから休みの連絡をしてもらいました。」 「なんで?」
「ぼくがするとやばいでしょ?」 「それもそうね。」
「初めてでしたよ。 あんなに酔っぱらってるのは。」 「そうねえ。 久しぶりに飲んじゃった。」
「そうなんです?」 「やっぱり、吉田君の傍に居たいのよ 私。」
「金沢さん、、、。」 「二人っきりの時は芳江って呼んでいいのよ 同い年なんだから。」
「そうっすね。」 ぼくは入れたてのコーヒーを芳江の前に置いた。

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