ラーラとピッピの日記帳

4. ハイドリンゲンの檜

 昔、この辺りは川も流れない荒涼とした草原でした。
村人たちは毎年懸命に畑を耕しては作物を植えてきましたが、ほとんど育ちません。
そこでみんなはいつか、小片の村々を襲うようになりました。
だからムーゲンベルグ周辺では争いが絶えないのです。
 ある時、この村の酋長が山を歩いていたら、向こうから白いひげを蓄えた老人が歩いてきました。
(ずいぶんと荒らしたもんよのう。) 「今年も何も取れなかったんだ。 仕方のないことよ。)
酋長は顔を背けて寂しそうに言いました。 「お前たちの土地に食料を豊かに実らせてやろうぞ。)
「そんなことがお前さんに出来るわけが無かろう。 冗談はやめとくんだな。) 酋長は鼻で笑ってその老人を見ました。
「ならば翌朝、炭焼き小屋からモルフの森を見るといい。) 老人はそれだけ言うと姿を消しました。

 酋長はなおも信じられなかったのですが、翌朝言われたとおりにビルダウスの炭焼き小屋から森を眺めました。
するとどうでしょう? 殺伐としていた草原に緑が生い茂っています。
川が流れ、小鳥が歌い、木の実が実っています。 「これはいったいどういうことだ?」
衝撃を受けた酋長はビルダウスと共に森へ急ぎました。
たくさんの木の実がたわわに実り、たくさんの花が咲き乱れています。
(これで村は救われるぞ。) 酋長は感激して辺りを見回しました。
「あの木は誰が植えたんでしょうか?」 ビルダウスが指差します。
森の外れのほうに檜が一本だけ聳え立っていました。 「見たことの無い木だな。」
 酋長が不思議そうに見上げているとあの老人が出てきました。
「もうこれで争う必要も有るまい。 お前たちの村も幸福になるじゃろう。」
酋長は老人の膝下に伏してこれまでの争いを詫びました。
「これからは互いに仲良くするんじゃぞ。」 それだけ言うと老人は檜の中へ消えていきました。
 その後、酋長は村人たちを集めて檜をハイドリンゲンの檜と名付け、神と崇めることを伝えたのでした。

 そんな所以を持っている檜だから大騒ぎなのです。
その檜の前にお父さんたち三人がやってきました。 「これはこれはおおきいなあ。」
お父さんは枝を捕まえて登ろうとするのですが、そう簡単には登れません。
ラーラはただただ上を見上げることしか出来ません。 ローゼンワイヤーさんは腕を振り上げてラーラを持ち上げようとしました。
「ギャーーーーー! 何をするんじゃ!」 とんでもない悲鳴が聞こえます。
驚いて檜を見ると、、、今にも引き倒されそうです。
「ローゼンワイヤーさん 腕を下ろして!」 ラーラは必死に叫びました。
するとまたとんでもない悲鳴が聞こえました。
「お、お、お前は何をする気なのじゃ? わしを切り倒す気か?」 檜はまたまた叫びました。
「ラーラ、お前がやりなさい。」 お父さんはローゼンワイヤーさんを制してラーラに言いました。

 ピッピはそんな騒ぎを木の上で聞いています。 「私に使えたらいいのに、、、。」
彼女はまだ勉強を始めたばかりなので、先生から許しを得ていないのです。
檜が揺れるたびにピッピは枝に掴まるしか無くて、ただおろおろするばかり。
ラーラとローゼンワイヤーさんが悪戦苦闘しているところへ聞き覚えの有る声が近付いてきました。
「遅くなりました!」 ポンテナール先生です。
やっと絨毯を捕まえた彼は急いで飛んできたのでした。
「やったあ!」 ラーラはただ嬉しくて両手をグルグルと振り回しました。
「ギャーーーーー!」 何が起きたのでしょう?
先生は絨毯と一緒にすごいスピードでグルグル回りながら通り過ぎていきました。
「な、何をするんですかーーーーー?」 グルグル回る絨毯の上から先生は青白い顔で叫びました。
「やっちゃったあ。 ごめんなさーい!」 そう言ってラーラがいきなり腕を振り下ろしたものだから大変。
すると今度は先生の姿が見えなくなって、バシャン ドブンとものすごい音が聞こえてきたのです。
お父さんたちが心配になって見に行くと、先生は泥だらけになって池の中から浮かび上がってきたではありませんか。
「ラーラ君、魔法は落ち着いて使う物です。」 目だけギョロギョロさせながら先生はラーラに言いました。
 先生は檜に向かいました。 「高いなあ。 さて、やりますか、、、ハックション!」
ハンカチを取り出した先生は右手の中指と人差し指を揃えて右回りに二度回してから上へ振り上げました。
するとどうでしょう? ハンカチは長く長く伸びて檜のてっぺんにまで延びていきました。
(これを伝ってピッピさんを迎えに行ってください。」 先生はラーラを優しく見守っています。
「ぼくが行くんですか?」 「そうですよ。 君がやったんですからね。」
ラーラは梯子を上るように登っていきます。 そのたびに枝が揺れて葉っぱがサワサワと鳴ります。
ピッピは枝の隙間からラーラが登ってくるのを見付けてホッとしたのでしょうか。 今にも落ちそうです。
「ピッピ!」 「ラーラ!」
もう少しで手が届くところまで来たのに、ピッピが安心して落ちてしまいました。
「危ない!」 咄嗟にラーラは右腕を横に振り出しました。
すると梯子が右へ伸びてピッピの体を捕まえたのです。
「あれはまだ教えていませんよ。」 先生は目を見開いたまま、二人を見詰めています。
 お父さんは下りてきたラーラに駆け寄って声を掛けました。 「よくやった。 よくやったぞ。」
老人も現れました。 「見事じゃ。 もう無茶はするでないぞ。」
ラーラは疲れ切ったピッピを背負って町まで帰っていきました。

 「それにしてもさあ、ラーラがピッピを助けたのかい?」
学校ではさも信じられないような顔でみんなが聞いています。
「本当だよ。」 「先生がやったんじゃないのか?」
「本当だよ 信じてよ。」 「いつも隅っこでじっとしているお前がかい?」
なおさらにみんなが大声で笑いだしてしまいました。
「本当のことですよ。 しんじてやってくれませんか?」 ローゼンワイヤーさんがみんなを諫めています。
「まあ、それなら信じてもいいけど、、、。」
「皆さん ラーラペンジャミン君は私が見てきた中で一番勇気を持った生徒です。 まだ教えていない魔法も使えるんです。
彼を手本にして皆さんも励んでくださいね。」
ポンテナール先生はラーラに向かうと深々とお辞儀をしました。
みんなもそれに倣ってお辞儀をしました。
 教室の窓からはモルフの森へ続く山も見えています。
雲も気持ちよさそうに流れていくのが見えます。
爽やかな夏の有風が吹いています。
ピッピはすっかり照れているラーラを誇らしく思いました。
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