静かなる躾

 車の窓を横殴りの雨が叩き付ける。その音が、スワトラのドラム望月 隼人の音運びに聴こえてくる。テクニックやスキルをふんだんに兼ね備えている破天荒な打込み。プライベートも演奏スタイルと同じく奔放だ。その隼人の音に似ている雨音を頼りに、私はスマートフォンに詩を打ち込んでいく。

 そのうちに桔梗(ききょう) 凛の繊細でエロティシズムなベースの音が鼓膜に響いてくるのだ。リズム隊が私の脳内に誕生すれば後は湧いて出てくる詩をタップする指先で刻めばいい。

 私の脳内で荒木 剛がマイクを持ち荒々しく歌う姿が映し出される。その時だ──、

 knock knock

 集中力がぱん、っと弾け飛ぶ。窓に背を預けていた私は弾かれたように背後を向く。そこにはスワトラのマネージャー、安元 杏子(きょうこ)が傘を差しながら立っていた。私が窓を開けようとすると、安元は、開けなくていいと言いたげに手を振り、──助手席乗っていい?! と雨音に負けない声で叫ぶ。私は煙草を咥えながら頷いた。

 すぐ様、安元は傘を畳み、私の車の助手席に乗り込んできた。安元のスーツには雨粒がぽつぽつと付着している。私の車のシートにその雨粒が伝っていく。


「お疲れ」
「お疲れ様です、レコーディング終わったみたいですよ」
「さっき確認してきたわ」


 私は書いていた詩を保存し、スマートフォンをダッシュボードの上に戻す。安元はふわり、欠伸を噛み締めながら言葉を落としてゆく。


「スタジオ入らないの?」
「一応、彼が作詞した体ですから、私はスタジオに入っても役に立つことないですよ」
 

 私は都内の一等地にあるレコーディングスタジオの駐車場に待機していた。スワトラがレコーディングする時はいつもこのスタイルだった。安元は彼らを迎えにきたのだろうか、まだこれからスワトラは仕事があるのだろうか。考えを巡らせて、そして無意味だと思考を止める。

 私は彼らswanky trashのゴーストライターだ。荒木 剛はなんでも出来た。出来すぎるぐらいに出来た。藝大を首席で卒業し、優秀な仲間を探しだし、育成し、日本のバンドと言えば? という回答にswanky trashの名前が上がるほどに成長させた。まさに今の時代を席巻するバンドだ。そのフロントマン、荒木 剛、もとい──


「それに私の肩書きを嫌う者はいまだにいますからね」
「……元記者。週刊誌ファーストで沢山の芸能人のスクープをすっぱ抜いてきた」


 荒木 業は作詞に脱落した。私に頭を下げてきたのは、まだ青さ残る10代の頃だった。

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