大魔女の遺言~いがみ合うライバル商会の一人息子と、子作りしなければ出られない部屋に閉じ込められました~
第5話 正攻法
彼の瞳が見開かれる。
青い瞳にサラサの姿を映し出しながらキラキラと輝くと、細い身体を抱きしめた。初めて出会った時と同じ純粋な笑顔が――サラサが好きになった彼の姿が、腕の中にあった。
「私も……馬鹿ね。あなたに言われて初めて、自分の気持ちに気づくなんて……」
「いいんだ。お前だって親父たちの言葉に縛られてたんだろ? 俺も同じだったから分かる。父親同士の仲が悪いからって、子どもまでいがみ合う理由なんてこれっぽっちもないのにな。俺やお前が、一体何したっていうんだよ」
「まあ、私はあなたの取り巻きから嫌がらせされたけど」
「そ、それは悪かったよ! もう二度と、そんなことはさせない。絶対だ‼」
慌てて謝罪するレイ。
ちょっとした揶揄いのつもりだったため、本気で頭を下げる彼の反応に、逆にサラサが驚いてしまう。
「あっ、そ、そんなに真剣に謝らないで! 別に恨みがあるわけじゃ……」
「いや、俺自身が許せないんだ! くっそ、テネシーの野郎……どうやって絞めてやろうか……」
物騒なことを口にするレイを、サラサは慌ててなだめた。
彼女の必死の言葉により、レイは溜飲を下げ大きく息を吐く。
「でもまあ……アイツがお前に告白したから、俺も気持ちに気づいたようなもんだしな。締めるのは勘弁してやるけど、別の方法で思い知らせてやる! 俺のサラサを傷つけた罰は、絶対に受けて貰うからな!」
俺のサラサ、という言葉に、当の本人は頬を赤くした。
改めて、彼と気持ちが通じ合ったと思うと、嬉しさ以上の恥ずかしさが込み上げてくる。そんな彼女の頬に、レイの手がためらいがちに伸ばされた。柔らかさ、滑らかさを楽しむように、何度も頬を優しく撫でる。
「マーガレット婆ちゃんは、全部知ってたんだろうな、俺たちの気持ちを……だからあんな無茶な遺言を残したんだな」
「そう……かもね」
マーガレットはいつもサラサに、レイのことを聞いていた。そっけなくレイの様子を伝えるといつも、
”まったく……こっちも重症だねぇ……あたしが一肌脱がないとどうにもならないねぇ”
と呆れたように決まってこの言葉を口にしていた。
実はレイも同じことを言われていたらしい。
あの時は、何のことを意味しているのか分からなかったが、今なら理解できる。
二人は顔を見合わせると、小さく笑い合った。
そしてチラッと閉ざされた扉に視線を向ける。
「サラサ。あの扉、お前の力で何とか開けられるものか?」
「……無理ね。さすがに大魔女であったお婆様の力には勝てないわ」
「そうか。なら仕方ないな」
「……え? ちょ、ちょっとレイ? きゃぁっ‼」
サラサの悲鳴が響き渡った。
見上げた視線が、レイとぶつかる。彼がサラサを押し倒し、上に覆いかぶさったからだ。
彼の口元が意地悪く緩む。
「なら、正攻法で脱出するしかないだろ」
「せ、正攻法って、ちょ、ちょっと待って!」
慌てて声を張り上げるが、レイはそれには答えず、サラサの黒い髪を一房すくい上げた。
「お前の髪、元に戻してくれないか? 見たいんだ、俺が魅せられた、あの綺麗な赤を……」
熱のある視線を向けられ、サラサの顔が真っ赤になった。
今でも、自分の髪色はコンプレックスだ。
だけどレイが望むなら、
彼が綺麗だと言ってくれるなら、
晒してもいいと思った。
赤い瞳を伏せると、小さく言霊を唱える。
サラサの髪が輝きを放った瞬間、黒に染まっていた長い髪が、見事なまでの艶のある赤毛へと変わっていた。まるで真っ赤な花弁を開いたかのように、ベッドに広がっている。
幼いレイが、真っ赤な花が咲いている、と表現したように。
ああ、と低い感嘆の声が聞こえた。
「綺麗だ、サラサ。やっと見られた、本当のお前を……」
すっと赤く長い前髪をかきあげると、少し緩んだ赤い瞳で彼を見上げるサラサの顔が現れた。その表情には、戸惑いがある。
「待って、レイ……心の準備がまだ……」
「随分待った、いや、待たされた。なのにまだ待てって言うのか? それに俺は、部屋を出られないとか関係なく、今ここで、お前が欲しい。誰かに奪われる前に、全部俺のものにしたい。だって――」
言葉が途切れ、彼の唇が耳たぶを這った。ぞくっとする感覚が背中を走り、サラサの肩から首筋にかけてピクンと跳ね上がる。
薄く開いた唇から思わず洩れた声色は、自分ではないような甘さを含んでいた。
少し離れた彼の唇が、熱い吐息が、サラサの髪を揺らす。
「まだ俺たちが、法や紙上だけの夫婦だなんて、不安すぎるだろ?」
次の瞬間、唇に温かいものが乗った。
サラサは瞳を閉じると、熱に浮かされるがまま、彼の唇を受け入れる。
抵抗する力は、どこにも残されていなかった。
青い瞳にサラサの姿を映し出しながらキラキラと輝くと、細い身体を抱きしめた。初めて出会った時と同じ純粋な笑顔が――サラサが好きになった彼の姿が、腕の中にあった。
「私も……馬鹿ね。あなたに言われて初めて、自分の気持ちに気づくなんて……」
「いいんだ。お前だって親父たちの言葉に縛られてたんだろ? 俺も同じだったから分かる。父親同士の仲が悪いからって、子どもまでいがみ合う理由なんてこれっぽっちもないのにな。俺やお前が、一体何したっていうんだよ」
「まあ、私はあなたの取り巻きから嫌がらせされたけど」
「そ、それは悪かったよ! もう二度と、そんなことはさせない。絶対だ‼」
慌てて謝罪するレイ。
ちょっとした揶揄いのつもりだったため、本気で頭を下げる彼の反応に、逆にサラサが驚いてしまう。
「あっ、そ、そんなに真剣に謝らないで! 別に恨みがあるわけじゃ……」
「いや、俺自身が許せないんだ! くっそ、テネシーの野郎……どうやって絞めてやろうか……」
物騒なことを口にするレイを、サラサは慌ててなだめた。
彼女の必死の言葉により、レイは溜飲を下げ大きく息を吐く。
「でもまあ……アイツがお前に告白したから、俺も気持ちに気づいたようなもんだしな。締めるのは勘弁してやるけど、別の方法で思い知らせてやる! 俺のサラサを傷つけた罰は、絶対に受けて貰うからな!」
俺のサラサ、という言葉に、当の本人は頬を赤くした。
改めて、彼と気持ちが通じ合ったと思うと、嬉しさ以上の恥ずかしさが込み上げてくる。そんな彼女の頬に、レイの手がためらいがちに伸ばされた。柔らかさ、滑らかさを楽しむように、何度も頬を優しく撫でる。
「マーガレット婆ちゃんは、全部知ってたんだろうな、俺たちの気持ちを……だからあんな無茶な遺言を残したんだな」
「そう……かもね」
マーガレットはいつもサラサに、レイのことを聞いていた。そっけなくレイの様子を伝えるといつも、
”まったく……こっちも重症だねぇ……あたしが一肌脱がないとどうにもならないねぇ”
と呆れたように決まってこの言葉を口にしていた。
実はレイも同じことを言われていたらしい。
あの時は、何のことを意味しているのか分からなかったが、今なら理解できる。
二人は顔を見合わせると、小さく笑い合った。
そしてチラッと閉ざされた扉に視線を向ける。
「サラサ。あの扉、お前の力で何とか開けられるものか?」
「……無理ね。さすがに大魔女であったお婆様の力には勝てないわ」
「そうか。なら仕方ないな」
「……え? ちょ、ちょっとレイ? きゃぁっ‼」
サラサの悲鳴が響き渡った。
見上げた視線が、レイとぶつかる。彼がサラサを押し倒し、上に覆いかぶさったからだ。
彼の口元が意地悪く緩む。
「なら、正攻法で脱出するしかないだろ」
「せ、正攻法って、ちょ、ちょっと待って!」
慌てて声を張り上げるが、レイはそれには答えず、サラサの黒い髪を一房すくい上げた。
「お前の髪、元に戻してくれないか? 見たいんだ、俺が魅せられた、あの綺麗な赤を……」
熱のある視線を向けられ、サラサの顔が真っ赤になった。
今でも、自分の髪色はコンプレックスだ。
だけどレイが望むなら、
彼が綺麗だと言ってくれるなら、
晒してもいいと思った。
赤い瞳を伏せると、小さく言霊を唱える。
サラサの髪が輝きを放った瞬間、黒に染まっていた長い髪が、見事なまでの艶のある赤毛へと変わっていた。まるで真っ赤な花弁を開いたかのように、ベッドに広がっている。
幼いレイが、真っ赤な花が咲いている、と表現したように。
ああ、と低い感嘆の声が聞こえた。
「綺麗だ、サラサ。やっと見られた、本当のお前を……」
すっと赤く長い前髪をかきあげると、少し緩んだ赤い瞳で彼を見上げるサラサの顔が現れた。その表情には、戸惑いがある。
「待って、レイ……心の準備がまだ……」
「随分待った、いや、待たされた。なのにまだ待てって言うのか? それに俺は、部屋を出られないとか関係なく、今ここで、お前が欲しい。誰かに奪われる前に、全部俺のものにしたい。だって――」
言葉が途切れ、彼の唇が耳たぶを這った。ぞくっとする感覚が背中を走り、サラサの肩から首筋にかけてピクンと跳ね上がる。
薄く開いた唇から思わず洩れた声色は、自分ではないような甘さを含んでいた。
少し離れた彼の唇が、熱い吐息が、サラサの髪を揺らす。
「まだ俺たちが、法や紙上だけの夫婦だなんて、不安すぎるだろ?」
次の瞬間、唇に温かいものが乗った。
サラサは瞳を閉じると、熱に浮かされるがまま、彼の唇を受け入れる。
抵抗する力は、どこにも残されていなかった。