寂しい気持ちの直し方~前田利乃の場合~
寂しかった。
こんな夜は、恋の訪れを願ってしまう。恋人がいれば、この寂しさから逃れられるに違いないのに。
だけどプライベートにも職場にも、出会いとか、そういうのは全然なくて。どうしようもないよね、こんな悩み。
そんな夜はね、いつも友達の三織(みおり)に電話をする。三織は良いやつなんだ。ここだけの話、ちょっとスケベなの。なんて嘘だけど。
電気はつけておらず、部屋は暗くしていた。ベッドの上で、タオルケットにくるまりながら、ケータイを操作する。
タラララタターン……。
通話アプリの軽快な呼び出し音。
私と三織は幼馴染だった。今は社会人になっており、お互いアパートで一人暮らしをしている。でも彼女はずるい。ずるい奴第一位。彼女はね、いくら月日が経っても、恋人がいなくても、寂しくなったりしないらしい。ね、ずるいでしょ?
あ。
電話がつながった。
「こ、こんばんは……」
子猫のようにね、私はか細い声を出した。
三織のため息が聞こえてくる。
「利乃(りの)、お前また寂しいのかよー」
ぶっきらぼうな声。
「ご、ごめん、ごめんね」
謝りながらも笑顔になった。三織と話すとね、ほっとするんだ。
「ごめん、ちょっとお話できるかな? 三織の言う通り、寂しくてさ。お詫(わ)びに今度、ご飯おごるよ」
「そんなもんいらねーって、話ぐらい聞くよ、別に」
「ごめんね。こんな夜遅くに電話しちゃって」
もう夜の十時過ぎだ。
「利乃、謝りすぎだ」
「謝りすぎだね、私」
私たちは会話をする。とりあえず、職場の近況報告をした。私は介護士をしている。デイサービスで働いていた。朝、利用者さんの家まで行って、利用者さんを車イスに移乗する。その時にね、腰にくるんだ。相手の体重が重かったりすると、特にね。
三織はね、スポーツジムで働いている。インストラクターをやっていた。私がね、腰にくるだなんて、話をしたもんだから、腹筋を鍛えろって言ってくる。腹筋を鍛えると、腰痛予防になるんだって。
他にもさ、色々話をした。自炊のこと、スーパーで買う品物のこと、桜が咲いて温かくなってきたから、今度一緒に出かける約束をする。
「それにしても」
三織が低い声で切りだす。
「どうしたの?」
「利乃、お前、こんなふうに寂しくて電話してくるんじゃ、一人暮らしをやっていけないぞ?」
「……そうだよね。私、実家に帰った方がいいのかな?」
二人とも東京住まいである。実家はね、お互い福井にあった。二人の両親は、どちらも健在。
私のお父さんは、食品工場で働いていて、お母さんは、コンビニのバイトをしながら、主婦をしていた。
三織の実家はね、八百屋さんである。私のアパートにも、季節の野菜を送ってくれる。心があったまる。感謝がつきない。ほっこりだよ。
「実家に帰る必要はないと思うけど、何か対策が必要だろうな」
「でも私、自分でもどうしてこんなに寂しいのか、分からなくって」
「利乃」
「何?」
「寂しがり屋のウサギさんのお前に、親友のあたしから、プレゼントがある」
「プレゼント?」
「メッセージを見ろ」
「メッセージ?」
ケータイを耳から離す。
ピコン。
何か届いたみたい。ハンズフリーにして、ケータイを置く。通話アプリの、メッセージ機能を見る。
「届いたか?」
「うん、届いたけど、これは何?」
何かのURLが貼ってある。
「送ったURLを押してみろ」
「き、危険なサイトに飛んだりしないよね?」
「あたしがお前にそんなプレゼントを贈ると思うか?」
「そ、そうだよね。分かった。押すよ?」
「ああ」
URLをタップする。画面が移動した。アプリコット・キューピッドという文字が浮かび上がる。
「三織、これは、ゲームアプリなの?」
「ああ、ゲームだ」
「一緒にゲームをしようってこと? こんな夜更けに?」
「眠りながら出来るんだ」
「眠りながら? それって……」
それってVRMMOというものだろうか? 眠りながらできるゲームなんてさ、他に知らない。ちなみに、そういうゲームをやったことはなかった。だけど存在は知っている。テレビとかで、よく宣伝している。
「お察しの通り、VRMMOだ。出会い系のゲームらしい」
「出会い系?」
びっくりする。
「ああ。そんなに驚くことないだろ」
「だ、だって、出会い系って言うから」
「そういうゲームなんだ。今のお前には、寂しさを癒してくれる恋人が必要だと思ってさ」
「……う、うん。そうだね。恋人が欲しいよ。でも、出会い系なんて、ちょっと怖いっていうか、なんていうか」
「大丈夫だ。あたしもやるから」
「三織もやるの?」
「ああ」
「そ、そうなんだ。三織がついていてくれるのなら安心だよ」
「利乃、お前はこのゲームの中で、好きな男を見つけろ。そして恋人同士になれ。そうすれば寂しい気持ちとお別れできる。な、良いアイディアだろ?」
「で、でも、お金かかるんじゃ……」
「かかる。月額2980円だ」
「そ、そっか。ちょっと高いね」
「ああ。ちなみに男の場合だと、6980円だったかな」
「そ、そうなの? 全然違うね」
「うん、男の料金が高いのは、出会い系では一般的だな」
「ふーん……」
「利乃。お金はかかるけどさ。彼氏が出来たら、アプリを二人で退会すれば良い。そうすればもうお金はかからないし、彼氏がいるって言うのはたぶん、幸せなことだと思う」
「でも、絶対に彼氏が出来るって保障がある訳じゃ、ないよね?」
「絶対出来る」
三織はね、どうしてか断言した。自信満々である。
「え? な、なんで言い切れるの?」
「あたしが手伝うからだ」
あ。
なるほど。
それなら出来るかもしれない。
「お前が彼氏を見つけられるまで、あたしがついていてやるよ」
両目がウルっと滲(にじ)む。良い友達を持ったものである。
「でも、三織もお金を払わなきゃいけないんじゃないの? 月額2980円だっけ?」
「何、良いってことよ。それに、あたしだって、好きな人が見つかるかもしれない。お互い条件は一緒だ」
「わ、分かった。ありがとう。私も、三織に素敵な恋人ができるように、手伝うよ」
「あたしが手伝うって言っているのに、お前があたしを手伝ってどうするんだ?」
クスクスと三織は笑う。
私は鼻がグズグズしてきて、ティッシュの箱に手を伸ばす。そして、チーン。
「泣くなよ」
「な、泣いてないもん」
「泣いてるじゃねーか」
「泣いてない」
「まあいいや。それじゃあ、アプリをダウンロードして、新規登録をしておいてくれ。利乃、お前一人で出来るか?」
「子供じゃないもん。一人で出来るよ」
「そうか。じゃあ大人の利乃は、新規登録を済ませたら、今日はいい子にして寝るんだぞ?」
「あ、バカにしてえ。って、ちょっと待って。三織、今夜はゲームをやらないの?」
「VRMMOをやるには、フレームギアが必要なんだ」
「あ、そっか」
両手をぽんと合わせる。ゲームをプレイするには、フレームギアという専用ゴーグルが必要。それぐらいの知識は私にもある。(フレームギアって言うのはね。私も詳しくないんだけど、五感情報を脳に送り込むんだっけ? まあ、簡単に言うと、仮想世界で遊ぶために、必要な機械のこと)
「フレームギアが無いから今日はできないぞ。プレイできるようになるのは、会員登録をして、後日に送られてくる、専用機器とフレームギアを手に入れてからだ」
「そ、そっか。分かったよ」
「ああ、大丈夫そうだな。万が一分からないことがあったら、いつでも電話をしてくれ」
「う、うん。ありがとう」
「それじゃあ利乃、今日は電話を切るぞ」
「分かった。三織、いつもありがとう」
「良いってことよ。おやすみ」
「三織、おやすみ」
ピ。
私たちは電話を切った。
そしてそれから。私はケータイのアプリをダウンロードする。新規登録をするためにね、あくせく奮闘したのだった。