恋はひと匙の魔法から
 テレビ画面の中では、MCのお笑いコンビが、最近流行りの男性アイドルグループのメンバーの一人と若手女優を連れ立って街歩きロケをしている。
 ドラマの番宣らしく、右上にドラマ名と放送日時のテロップが表示されていた。
 そのドラマに興味はなかったが、彼らが歩いている場所には興味があった。
 
 そこは、今春オープンしたばかりの東京駅直結の複合施設。
 上階にはオフィスフロアとホテルが設けられており、地上三階までが商業フロアだ。
 東京初出店の店も多く、中でも話題を集めているのは立ち飲みバルが併設され、バラエティに富んだ飲食店が軒を連ねるフードホールだ。透子も一度行ってみたいと思っていた。
 
 画面にパッと映し出されたのは、プラスチックのドリンクカップから溢れ落ちそうなほどの蜜柑が盛られたパフェ。
 フードホールの目玉の一つである、青果店が営むフルーツパフェ専門店のものだ。カップから見えるパフェの断面が彩り豊かで美しく、「映える」とSNSでも話題になっている。
 本店は関西にあり、今回出店したのは東京一号店らしい。本店に形成されている行列の映像が映し出されていた。
 つい食い入るように見ていると
「ああ。ここ、すごい並んでたな」と向かいから声がした。どうやら笑いは収まったらしい。

「行ったことあるんですか?」
「いや。パフェは流石にないけど、この前水卜とここで飲んだんだよ。夜だったけど、結構並んでた」
「いいですねぇ。私も行ってみようかなぁと思ってるんですけど、なんかきっかけがなくて」
「じゃあ、行く?」
(……うん?)

 首を傾げ、西岡の顔をまじまじと見る。すると、口角を上げた悪戯めいた表情で見つめ返される。

「誰とですか?」
「俺と」
「どこに?」
「ここ」

 西岡がテレビ画面を指差す。
 ちょうど若手女優がパフェを頬張って「美味し〜」と舌鼓を打っていた。
 
 ちょっと理解が追いつかない。
 
 西岡は透子のことを何とも思っていなくて。気軽に男を家に呼ぶなと苦言を呈されて。しかも告白めいた台詞はサラリと流されて。
 けれども今誘われたこれは、一般的にはデートと言うのではなかろうか。
 頭の中が疑問符で埋め尽くされる。
 呆然とする透子へ、西岡は愉快そうに目を細めて問いかける。

「行きたくない?」
「いっ、行きます!行きたいです」
「じゃあ、決まりで」

 あっさりそう言って、西岡は立ち上がった。彼の皿はいつの間にか空になっている。

「皿洗いは俺がやるよ」
「あ、ありがとうございます……」

 キッチンへ歩いていく西岡の背を見送りながらも、透子は今この瞬間が現実なのか夢なのか、いまいち区別がついていなかった。
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