一途な御曹司の甘い溺愛~クズ男製造機なのでお付き合いできません!~
三章 出張の淫靡な夜
 悠司とのデートから二週間ほどが経過した。
 営業部は伊豆の新規施設の仕事で手一杯になっていた。
 問い合わせの電話に答えて顧客を獲得するだけではなく、施設がオープンしたら販売の目玉となるイベントなども考えなくてはならない。
 ただ現地視察を行って、メインに販売するのは、『ベストシニアライフ伊豆』のチームリーダーである桐島課長と山岡の二名だ。中年の山岡はいくつもの地方施設を手がけてきたベテランである。
 ほかの営業部員は、自分の手持ちの顧客の契約などもあるので、新規施設への問い合わせに対する電話応対くらいしか手伝えないのが現状である。それでも広告を打つと、一日中電話が鳴りやまないほどの問い合わせがかかってくる。伊豆の施設は工事中なので、入居できるのはまだ先なのだが、契約がまとまり出していた。
 そういうわけで新規施設のチームではなくとも、状況を知っておくのは営業として常識だった。
「伊豆の人気は好調ですね。この調子なら、すぐに販売枠が埋まってしまうんじゃないでしょうか」
 デスクの電話を置いた紗英は、課長のデスクに座る悠司に声をかけた。
 今の電話も、「ぜひ伊豆の新しい施設を見学したい」というお客様からの電話だった。紗英は仮の担当となり、コンタクトを取ることを約束した。いずれは伊豆担当の営業に案件を預けることになる。おそらく山岡が担当者になるだろうが、紗英が請け負った仮担当だけで十件ほどに上っていた。
 悠司は書類を眺めながら、平静に言った。
「立地がいいからな」
 その悠司を、気まずそうな顔をした山岡がデスクから見やった。
 なにかあるのだろうか。
 施設の成約は好調なはずなのに、両者の空気はなぜか冷えている気がする。
 小首をかしげた紗英がパソコンでデータを作成していると、フロアに本部長が顔を出した。
 本部長は若い頃から介護事業を手がけてきた老齢のベテランである。
「桐島課長、そろそろいいかな」
「わかりました。では、山岡さんも」
 悠司に促されて、山岡も硬い表情で腰を上げる。
 そして悠司は、紗英にも声をかけた。
「海東さんも会議に参加してくれ。すぐに終わるから」
「あ、はい。承知しました」
 おそらく伊豆の施設に関することだと思うが、なぜ紗英が呼ばれるのだろう。
 不思議に思いながらも、紗英は名簿のファイルを閉じると、席を立ち上がった。
 本部長に続いて、三人は同じ階の会議室に入る。
 窓際の席に本部長が腰を下ろすと、その隣に悠司が座る。山岡はL字型のコーナーになっている斜め向かいの席に座った。紗英も、山岡の隣の席に腰を落ち着ける。
 白髪を撫でつけた本部長は、おもむろに切り出した。
「実はね、伊豆の営業メンバーなんだが……」
 本部長は紗英を見やった。隣の山岡はうつむいている。
「桐島課長のチームリーダー補佐を、海東さんにお願いしたい」
「えっ……? 私がですか?」
「うむ。きみはすでに伊豆の仮担当をいくつも持っているし、そのまま担当者として受け持つのがいいんじゃないかな。今度の現地視察にも同行してくれ」
「でも……山岡さんがチームリーダー補佐じゃないんですか?」
 そこで顔を上げた山岡は、自分の口で紗英に説明した。
「ぼくは一度は伊豆のチームリーダー補佐を受けたんですけど、持病の腰痛がひどくて、今度手術する予定があるんです。この体では新規施設の案件をやっていけないなと思いまして、どなたかに交代してほしいと願い出ていました」
「そうだったんですか……。お体のことを考えたら、難しいですよね」
 先ほど山岡が気まずそうにしていたのは、伊豆のチームリーダー補佐を辞退するからだったのだ。途中で辞退されるのは会社として困るが、体の不調により手術を控えているのなら仕方がない。
 頷いた悠司が、紗英へ告げる。
「俺が本部長に海東さんを推したんだ。きみなら実力も充分にある。ぜひ、俺の補佐をしてほしい」
「私でよろしければ。よろしくお願いします」
 従来の仕事に加えて、悠司の補佐となると忙しくなるが、抜擢されたのは光栄なことだ。それだけ紗英の実力を評価してくれたと思うと、誇らしさが胸に溢れる。
 快く返答した紗英に、本部長は頷いた。

< 24 / 58 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop