一途な御曹司の甘い溺愛~クズ男製造機なのでお付き合いできません!~
「伊豆の詳細については桐島課長から聞いてくれ。山岡さんも、後任は海東さんでいいかね?」
「もちろんです。本部長と課長の人選ですから間違いありません。のちほど海東さんに資料をお渡しします」
「ありがとうございます。責任を持って、やらせていただきます」
 重要な仕事を任された紗英は、しっかりと頭を下げた。
 けれど、ふと頭を掠めるものがある。
 後任のチームリーダー補佐は、悠司が自ら選んだという。もしかして、そこに私情が挟まれているのでは……と思うと、複雑な思いがした。
 そんなことないよね。だって昇進だとか、そういうわけじゃないし……。
 あくまでもチームリーダーの補佐である。それも伊豆の施設が完売するまでの話だ。ただしそれまでは、悠司とやり取りをする機会が多くなるだろう。
 会議を終えてフロアに戻ると、悠司はさっそくデスクに紗英を呼んだ。
「来週に伊豆の現地視察が入っているから、準備をしておいてくれ」
「承知しました」
 条件反射で返事をしたものの、伊豆のメンバーは悠司と紗英のふたりである。
 もしかして、ふたりきりで出張ということだろうか。
 でも、なにも、起こるわけないよね……。
 そう思ったとき、木村が素早く悠司のデスクにやってくる。
「海東さんが伊豆のメンバーになったんですか? 山岡さんは?」
「隠すことではないから言うが、山岡さんと交代して、海東さんが俺の補佐に就任した」
 そう聞いた木村は、きつく眉を寄せた。
 彼女はすぐに悠司に直談判する。
「桐島課長。私を課長の補佐にしてください!」
「なぜ?」
 悠司は冷淡に問い返した。
 視線を紗英に向けた木村は、自らの発言の理由をしばし考えているようだった。
 おそらく彼女の本心としては、出張で紗英と悠司がふたりきりになるのは許しがたいのではないだろうか。だがまさかそんな私的なことを持ち出すわけにはいかない。
 口ごもった彼女だったが、ふと思いついたらしい理由を口にする。
「私も伊豆の新施設にかかわりたいんです。新しい仕事をこなす意欲があります!」
 やる気に満ち溢れている木村だが、紗英が補佐になったと知って、急に申し出るなんて、仕事のことだけを考えているわけではなさそうだ。
 だが紗英としては仕事なので、木村に譲るわけにもいかない。紗英は悠司の判断を待った。
 訝しげに双眸を細めた悠司は、木村に告げた。
「木村さん。きみの現在の状況だが、最近は契約がまったく取れていないだろう。さらに退所者の返金トラブルも抱えている。退所者は、担当であるきみの説明が悪いと言っているんだ。そちらへの誠意ある対応を含めて、まずは目の前の仕事を頑張りたまえ」
 指摘された木村は唇を噛みしめた。
 彼女は隣の紗英を、じろりと睨みつける。
「では……海東さんを課長の補佐から外してください」
「理由は?」
「彼女には山岡さんほどのキャリアはありませんし、役不足です。きっと桐島課長の足手まといになります」
「……木村さんがそれを指摘するのは非常に滑稽なんだが。海東さんが俺の補佐に就任したのは本部長も認めたことだ。きみがそれを非難するのなら、まずは契約件数で海東さんを超えてからにしたまえ」
 ぐっと息を詰めた木村はもうそれ以上なにも言わず、踵を返してデスクへ戻っていった。
 美貌では社内で誰にも負けないであろう木村だが、契約件数としては低迷している。さらに退去者とのトラブルも抱えているので、伊豆の担当を数多く請け負っている紗英とは雲泥の差だった。
 私は、悠司さんの私情で補佐に選ばれたわけじゃない……。実力が認められたということなんだよね。
 そう思うと、なんとしても伊豆の新施設を成功させようという気持ちが湧いてくる。
 小さな溜息を吐いた悠司は、紗英に言った。
「木村さんのことは気にするな。きみは自分の仕事を精一杯こなしてくれ」
「はい。承知しました」
 返事をした紗英は、さっそく伊豆周辺に関しての情報収集にあたった。

 やがて出張の日がやってきた。
 小型のキャリーケースを引いた紗英は、漆黒のキャリーケースを引いている悠司と新幹線のホームに並び立つ。
 出張は一泊の予定だが、施設のほかに工房やレストラン、農家など視察するところが多い。
 伊豆に終の棲家を決める人は基本的に都内住まいなど、地元ではない顧客が多いので、いかに伊豆がおしゃれで暮らしやすい場所かということをアピールする必要がある。そのため工房と契約して施設へクラフトアートなどの出張に来てもらったり、農家を訪問して野菜の仕入れ状況をうかがったり、レストランはどんな店か、値段は相応かなど、現地で調べることは山ほどあるのだ。
「伊豆ではレンタカーを借りよう。中伊豆あたりは車移動でないと回りきれないからな」
「私が運転しましょうか?」
「そんな気を使わなくてもいいよ。きみは俺の隣に座って景色でも眺めていてくれ」
「観光じゃないんですから……」
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