捨てられ傷心秘書だったのに、敏腕社長の滾る恋情で愛され妻になりました【憧れシンデレラシリーズ】
「私、地元に帰らなくちゃいけないの」
「え!」
千里は本日二度目の大声をあげる。
「ど、どういうこと?」
正面から私の肩をがしっと掴んでゆさぶってくる。彼女がこんな風になるのも無理はない。
「美涼、あんなに地元に戻るの嫌がっていたじゃないの!」
「うん、今も嫌だよ。だけど両親との約束だから。二十八までに身を固めなければ、地元に戻るって」
「そんな! せっかく有名企業でしっかり働いてるのに、おかしいよ!」
千里は、勢いあまってテーブルをどんっとこぶしで叩いた。
私も同じ意見だ。どんなに自立してひとりで生活していたとしても田舎の両親にとってはいまだに〝女の幸せ=結婚〟なのだ。
「おかしいよね。私だってそう思う。でももう疲れちゃった」
地元にはあまりいい思い出がない。だから今日の集まりに出るのも上京して二度目だ。故郷に帰る前に最後にみんなに会っておこうと思った。
「大学受験も、就職も、東京に残るために頑張ったけど……もう潮時みたい」
今から相手を探しても三月末の誕生日には間に合わない。これ以上は無理をしないことにした。
肩を落とす私を、千里は痛ましげに見る。学生時代、私が地元でつらい思いをしていたのを間近で見てきた彼女にも思うところがあるのだろう。
「そっか……寂しくなるね」
千里は短い言葉で話を終わらせた。私の家族が、私が東京に住むことを快く思っていないことを知っているからだろう。そして私が一番落ち込んでいるということも彼女は理解している。だからこそ話を終わらせたのだ。
「千里、向こうに戻っても仲よくしてね」
「あたり前じゃない。地元に戻る前に色々遊びにいこう。ね?」
「うん」
頷くのと同じタイミングで、男性が入ってくるのが見えた。目ざとくそれに気が付いた千里が大きく手を振る。
「田辺(たなべ)くーん、こっちこっち」
千里の声に気が付いて、男性はすぐにこちらに歩いてきた。彼もまた地元の中学と高校が一緒で、大学進学を機に東京に出てきた田辺直哉(なおや)くんだ。
「あれ、船戸さんが来るなんて珍しいね。どうかしたの?」
彼はそう言いながら驚いた顔で私の隣にすっと座った。
「うん、ちょっと。たまにはいいかなって思って」
「久々でうれしいよ。これからもどんどん参加して」
ニコニコ笑う彼に、曖昧に笑うことしかできなかった。
田辺くん、今ではちゃんと向き合ってくれているけど、昔は違ったんだよね。まぁ、思春期の男の子だもの、容姿もパッとせず周囲に馴染めない私とは関わり合いたくなかったよね。多分……。
嫌な過去を思い出した私を助けてくれたのは、千里の言葉だった。
「ねぇ、私もいるんだけど。美涼しか見えないの?」
拗ねたふりをした千里が、私たちの間に割って入った。
「ごめんって。ほら御坊さんはいつも来てるから」
「悪かったわね、いつも暇で」
プンプン怒ってみせる千里のおかげで、場が和んだ。
「とりあえず、先に三人で飲んじゃおうか。で、嫌なことは忘れよう」
千里が手を挙げてスタッフを呼ぶ。
「嫌なことってなにかあったの?」
田辺くんが顔を覗き込んでくる。
「美涼、彼氏と別れたんだって」
「ちょっと千里、その話はいいよ。ごめんね田辺くん、メニュー見る?」
私は彼の目の前にメニューを広げて話題を変えた。
東京で過ごせる時間はあと少し、悔いのない時間を過ごしたいと心に決めた。