私 ホームヘルパーです。
 「八つ当たりかーーーー。 奥さんも大変ですねえ。」 「私はまだ若いから平気よ。」
掃除機を掛けながら話しておりますと、松崎鈴子さんが飛んできました。 「公子さんに言われて来てみたんだけど、何か有ったの?」
あの野郎、今度は告げ口かーーーーい。 「雑巾を投げてきたから投げ返しただけですけど。」
「それだけ? なあんだ、、、いつもの喧嘩か。」 喧嘩って何よ?
「あの人はすぐ物を投げるからねえ。 こないだはコップを投げて割っちゃったし、、、。 事務所が弁償したけど困ったもんだわ。」 じゃあ、さっさと辞めさせちまえよ。
「でもねえ、あの人が一番働いてるから頭が上がらないのよ みんな。」 鈴子さんも何とも言えない妙な顔をしていますねえ。
「後は私が一緒に回るから安心してね。」 「はい。」
鈴子さんは声を荒げたり物を投げたりしない人だからまず安心だなあ。

 真理恵さんの家を出ると我が家の傍に有る松一武三さんのお宅へ、、、。 ここは食事を作るらしい。
「昼は娘さんが来てくれてるからいいのよ。 夜は飲むって言うから簡単なおかずを作ってね。 朝は焼き魚とか卵焼きとかそんくらいでいいわ。」
「そんなんでいいんですか?」 「うん。 三日分作ってね。」
「三日分? そりゃまた大変だわ。」 「半分は私がやるわよ。」
助かった。 魚を三匹も焼いてたら煙にやられちゃう、、、。
 インターホンを鳴らして中へ入ります。 なんかきれいな家ねえ。
「ここはね、掃除は他の事業所がやってるの。 うちは食事だけ。」 「そうなんですね。」
「こんにちはーーーー。 お元気ですかーーー?」 「元気だよーーーー。」
武三さんは戦後すぐの生まれ。 無茶苦茶だった東京で育ったんだって。
「あの頃はなあ、家なんて立派な物は少なかった。 あばら家に転がり込んで寝れたらいいほうだったよ。」 そんな話をしてくれる。
「今は恵まれすぎとる。 モヤシが大学に行って偉そうな顔をしとる。 これじゃあ日本がダメになる。」
そうかもしれないなあ。 コンビニがあっちこっちに在ってネットでも好きに物が買える。
嫌なら仕事を辞めたって誰も文句すら言わない。 おかしいわよ。
 武三さんはカメラマンでした。 しかもフリーのね。
最初は出版社に入ったらしいんだけど、腕を見込まれて「独立したらどうだ?」って社長に言われたらしいんだ。
それで海外を飛び回ったって言ってたなあ。 すごいすごい。
私なんて布団の上を飛び回るのがせいぜいよ。 って蠅かっての。
まったくの自虐史観に呆れちゃうわ 私。 鈴子さんが呼んでる。
「卵焼き出来たからラップで包んで冷蔵庫に入れてくださいな。」 「はーーーーい。」
鈴子さんはやっぱりおとなしいわ。 ずっと一緒だったらいいのになあ。
「えっと、次は鎌田さんね。 ここはトイレ掃除だけでいいわ。」 「何で?」
「お部屋は見られたくないんだって。 そういう人も居るから、、、。」 「了解しましたです。」
「あらあら、武井さんって案外可愛い人なのねえ。」 案外って何よ 案外って?
 武三さんの家を出ると鎌田さんの家に直行します。 ここから5分なの。
聞いてみたら武三さんの義理の弟さんだって。 分かる気がする。
 鈴子さんはここでもマイペース。 苛つくことって無いのかなあ?
「私はね、そんなに怒らないのよ。 怒ったってどうしようもないじゃない。 人それぞれにやり方も考え方も違うんだからさ。」 「納得。」
「そりゃあ、最初のうちは失敗だって有るわよ。 先輩と違うことだって有るわよ。 だからっていちいち目くじら立ててたら命がなんぼ有っても足りないわ。」 「おっしゃる通り、、、。」
この人 分かってるなあ。 「でもね、反抗するのはダメよ。」
(ギク、、、。) 「怒らせたら困る人だって居るんだから。」
それって公子さんのことですか? 「あの人は女王気質だから機嫌のいい時はいいんだけどねえ。」
女王? どう見ても魔王ですけど、、、。

 仕事が終わって家に帰ってきました。 郵便受けに何か入ってますねえ。
あらあら、不在票だわ。 うーーーーんと、、、まずいまずい。
私ねえ、あんまり寂しいからおもちゃを買っちゃったのよ。 こっそり遊ぼうと思って。
ばれないようにしなきゃねえ。 娘の瑠璃子は見付けるのうまいから、、、。
というわけで、さっさと電話して持ってきてもらいました。 「これは私の大事なおもちゃ、、、。」
半分ニヤニヤしながら押し入れの奥のボックスの中に仕舞い込みます。 ところが、、、。
ガン! いてえ!
おもちゃが気になってたので押し入れの門で頭を打っちゃいました。 (誰も居なくて良かったわ。)
と思ったのに、、、「なんかすごい音がしたけど大丈夫?」って息子の隆二が飛んできました。
「だ、だ、だ、大丈夫だから。」 「そう? ならいいけど、、、。」
なんで、こんな時間にあんたが居るのよ? 焦っちゃうでしょうが、、、。
取り敢えず事無きを得て私は夕食の準備を、、、。 ついでにちょいと腹ごしらえを、、、。
と思ったら買っておいたパンケーキが無い。 焦って探していると、、、。
「ああ、あれなら腹が減ったからさっき食べちゃったよ。」と息子さん。 あたしのおやつを勝手に食うなっての!
まったくもって、どいつもこいつも油断ならん連中ばっかりやわ。 家の中に監視カメラ置いてやろうか?
って私が一番怪しかったりしてねえ、、、だっておもちゃ買っちゃったんだもーん。(笑)
 おやつを取られたから腹いせにセブンへ直行。 カフェオレとチーズケーキを買ってきました。
息子さんはスマホでゲームに夢中。 無駄遣いするなよ!
 「何とか助かった。 さあ食事でも作りますか。」 台所に籠って野菜を切っていると、、、。
「今晩は友達と食べてくるから要らないよ。」って息子さん。 どうぞどうぞ、量が少なくて大助かりよ。
兼業主婦ってこんなにも大変だったのねえ。 甘かったわ、私。
娘さんはというと部屋でゴロゴロ本を読んでます。 出てこないから見に行ったら寝てましたわ。
「起きろーーー!」 耳元で騒いでやりました。
まったく悪いお母さんですねえ。 反省しなきゃ、、、。
 旦那様はというとずる休みしたのがばれちゃったらしく、今晩は遅くまで仕事をしてます。 ざま見ろや!
それで少しは給料稼いできてね。 大変なんだから。
二人もお利口なお利口なお子様を産ませてくれたんだからさあ、ちっとは考えなさいよね。 ボーっとしてないで。
なんかさあ、懐中電灯に驚いたチョウチンアンコウみたいな顔しないで私をちゃんと見てよね。 これでも妻なんだから。
私が居ないとあなたは何も出来ないでしょう? パンツ一枚洗えないんだからさあ、ダメ親父目。
 今夜もまたまた一人食卓です。 彼氏欲しいわーーーー。
でも利用者さんならおじいちゃんばっかなのよねえ。 誰か居ないかな?
そうやって今夜も寂しく泣いている私なのでした。
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