孤高のエリート社長は契約花嫁への愛が溢れて止まらない
 いつか深水さんが言っていた『真逆の遺伝子』という言葉が脳裏をかすめた。近くで匂いを感じるぶんにはリラックスできるけれど、直に触れると劇薬みたいに情欲が高まって制御できなくなるのだろうか。

 はじめての感覚に戸惑っていると、壱弥さんがふうと息をついた。

 抱き締められそうなほどの距離で、彼はまっすぐ私を見下ろす。

「ちゃんと迎えに行く」

 切れ長の目に真剣な光を宿して、私の頭をぽんと叩く。

「だから少しのあいだ、おとなしく待っててくれ」

 髪を撫でる優しい手の感触に、乱れた気持ちが凪いでいく。

 さっきは悲しみでいっぱいになった心が嘘みたいにクリアになって、彼の言葉がすとんと胸に入ってくる。

「……はい」

 頷いた途端、抱き締められた。シャツ越しに伝わるぬくもりが温かくてゆっくり目を閉じる。唇を介して直接感じた匂いとは違う、ふわりと漂う優しい香りに心が落ち着いていく。

 冷静になれば分かる。悲しいことなんかひとつもない。

 壱弥さんの言う『事情』がなんなのかは分からないけれど、彼を信じて待てばいいのだ。

 彼のぬくもりに抱かれていると、それはとても簡単なことに思えた。

 口先だけの優しさではなく、これまで幾度となく感じられた誠意ある態度が、私に信じる力を与えてくれる。

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