最強女騎士は、姉の婚約者に蕩かされる

20

 ダリオの顔が、紙みたいに真っ白になる。彼は何かを言い返そうとしたが、その時、人影が現れた。フェリーニ侯爵だった。





「ダリオ、ここにいたのか。ちょっと来なさい。ヴァレンティノ侯爵が、お前とお話しなさりたいそうだ」





「……かしこまりました」





 ダリオは、渋々といった様子で返事をすると、ロレンツォとは目を合わさずに、ナーディアの方を見た。





「ナーディア。靴の件は申し訳なかったし、やり方に色々と問題があったのは認める。……だが、君を妻に迎えたいという気持ちに変わりはない。近々、ロベルト様の元へ、正式に結婚の申し込みに伺う」





 早口でそう告げると、ダリオはテラスを出て行った。彼の姿が見えなくなると、ロレンツォは懐から何やら取り出した。なぜか、裁縫セットだった。





「……何それ?」



「足のマメ、早く処置した方がいい。潰すと早く治るから、これで中の液を抜くが、いいか?」





 ロレンツォは、針を出して見せた。





「う……、うん。けどお前、そんなもん常備してんのか? 女じゃあるまいし」



「馬鹿。フローラ嬢から話を聞いてすぐ、取って来たんだよ。恐らく、こういう状態じゃないかと思って……。じゃあ、いくぞ」





 足の裏にできた、一番大きな水疱に、ロレンツォは慎重に針を刺す。やがて出て来た液体を、ハンケチで綺麗に拭うと、これまた用意してきたらしき布で、患部を覆うように縛る。その手つきは手早くて、ナーディアは感心した。





「手際がいいな。やったことがあるのか?」





 ああ、とロレンツォは頷いた。





「俺の住んでいた辺境は、王都と違って、道が十分整備されていなかったんだ。そこの騎士団でも、当然訓練は行われたが、石ころだらけの道でランニングなんかすると、慣れない新米はよくマメをこさえたもんだ。だから、こういう場合の応急処置には慣れている」





 ロレンツォが辺境時代の話をするのは、初めてだ。ナーディアは、興味深く聞き入った。聞いてみたい気持ちはあったのだが、彼の生い立ちを考えて、遠慮していたのである。





「よし、と。これはあくまで応急処置だから、後でちゃんと医者に診てもらえよ。明日の調練は、休んだ方がいいな」





 軽くナーディアの足を撫でると、ロレンツォは言った。





「わかった。ありがとう」





 礼を述べながらも、ナーディアはドギマギするのを感じていた。女性の足というのは、特別な場所だ。夫以外の男性には、見せるべきではない。まして、触らせるなどもっての外だ。淑女教育を受けていないナーディアにも、それくらいの知識はあった。……それより何より、本能的な羞恥を覚えたのである。



作者注:『足のマメは潰した方が治りが早い』はあくまで一説です。また、本来針は、殺菌消毒したものを用いる必要があります。
< 102 / 200 >

この作品をシェア

pagetop