最強女騎士は、姉の婚約者に蕩かされる

4

 ナーディアは、返事に困った。





「でも、それとこれとは別の話だし……」



「じゃあ、いつぞや君の足にマメをこしらえたお詫び、ということにしよう」





 ダリオはクスッと笑った後、不意に真顔になった。





「父が、本当に申し訳ないことをした。だがよく考えたら、僕も彼のことは言えない。ずっと、家柄にあぐらを掻いてきた。フェリーニ侯爵家の跡取りという地位さえあれば、君はいつでも手に入るものと、慢心していた」





 ナーディアは、亡くなる直前のフェリーニ侯爵の言葉を、思い出していた。





 ――この私が、フェリーニ侯爵夫人として迎えようと言ってやったのに……。





「その点、ジャンニには脱帽するしかない。ゼロ……いやマイナス地点からのスタートにもかかわらず、君を手に入れたんだ。潔く、負けを認める」





「……マクシミリアーノ様と、ダリオは違うわよ」





 ナーディアは、激しくかぶりを振っていた。ネックレスを指しながら、訴えかけるように言う。





「ダリオには、こういう優しさがあるわ」





 一瞬、ダリオの顔が歪んだように見えた。





「そういうことを言わないでくれ……。未練が募る。旅に出るのは、君を忘れるためもあるんだから……」





 早口でそう告げると、彼は席を立った。





「もう行くの?」



「ああ」





 長い付き合いの幼なじみとの別れが、こんなに唐突にやって来るなんて。引き留めたかったが、ダリオの横顔を見ていると、決意は固いとわかった。





 何を話してよいかわからないまま、二人して無言で面会室を出る。寮の外に出ると、ダリオはふとナーディアの肩を指した。





「シャツ。ゴミが付いている」



「え、どこ?」





 斜め下を向いた瞬間、ダリオは素早くナーディアの頬にキスをした。





「ちょっ……」



「やっぱり君は、何回でも僕に騙されるな」





 ダリオは、クスクス笑っている。だが、彼のグレーの瞳には、深い悲しみが宿っているのにナーディアは気が付いていた。やるせない思いが、込み上げてくる。





(ジャンニ、ごめん)





 心の中で謝ってから、ナーディアはダリオの首に腕を回して、引き寄せた。その唇に、軽く一瞬口づける。





「ナーディア……?」





 ダリオは目を見開いたまま、しばらく呆然としていたが、やがて微笑んだ。





「最高の、餞別をいただいた」





 そう言って彼は、振り返ることなく去って行ったのだった。
< 196 / 200 >

この作品をシェア

pagetop