最強女騎士は、姉の婚約者に蕩かされる

7

 宮廷舞踏会は、華々しく開始した。参加者らは、それぞれのパートナーと最初のダンスを終えた後、相手を替えて楽しんでいる。気乗りしない様子だったオルランドも、婚約者候補の令嬢たちと無難に踊っており、ナーディアはほっと胸を撫で下ろした。





(フローラ姉様は、と……)





 彼女の元には、いつものごとく男性陣が殺到している。だが、その中にロレンツォの姿はなかった。誘う、と豪語していたのに。





(でも、オルランド殿下のお耳にも入っているくらいだ。彼は、本気で姉様を狙っているのだろう……)





 優良物件、というオルランドの言葉が蘇る。どこがだ、と言いたい。外面は取りつくろっているが、自分やマリーノに対しては、生意気で不遜な態度だったではないか。あれが本性だろう。とてもではないが、安心してフローラを任せるわけにはいかない。





(そもそもフローラ姉様の方で、ロレンツォなどお断りだろうけど……)





 フローラの好みは、優しく紳士的な男だ。あいにくだったな、とナーディアは心の中でロレンツォをせせら笑った。





 その時だった。突如、大きな男の声がした。





「無礼者!!」





 曲が変わるタイミングだったせいで、その声は会場中に響き渡った。皆が、いっせいに声の主に注目する。ナーディアは、ぎょっとした。イリヴェンの外交官、ミラネット卿ではないか。





 まずい予感がする。ナーディアは、人混みを縫って卿の元へ駆け寄った。マリーノら、王宮近衛騎士団の他のメンバーも、すっ飛んで来る。卿は怒りに満ちた表情で立ち尽くしており、その傍には、おろおろした様子のフローラの姿があった。





「いかがなさいましたか?」





 ナーディアは、できるだけ丁重に尋ねた。ミラネット卿が、表情を変えないまま答える。





「私は、この令嬢にダンスを申し込んだのだ。それなのに……、この男は後から割り込んで来た上、私を肘で突き飛ばしたのだぞ!」





 そう言って卿は、若い男性貴族をにらみつけた。ははあ、とナーディアは思った。確か、パヴァン子爵の長男だ。素行が芳しくないと、聞いたことがある。





「本当に、そのようなことが?」





 フローラとパヴァンを見比べると、フローラは明確にええと答えたが、パヴァンは薄ら笑いを浮かべた。





「順番というのは、対等な者同士の間で守るべきことだろう。主人を差し置く従者がどこにいる?」





 その場が凍り付いた。元々ラクサンドの一部だったことや、未だに何かあるごとに援軍を派遣していることから、ラクサンド国民の中にはイリヴェンを下に見る者もいる。だが、こんな公の場で、あからさまに言うなんて……。
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