夜這いを命じられたら、国王陛下に愛されました

侯爵令嬢リオン・アナスタシア 3

3.




「――旦那様、アナスタシアお嬢様をお連れしました」
「入れ」

 ジュリアの手によって重厚な焦げ茶色の扉が開かれる。父であるスペンドール侯爵の執務室だ。残念ながら見覚えは全くない
 恭しく頭を下げたジュリアの前を通って、先に部屋に入る。ジュリアは部屋の隅に控えた

「‥‥‥来たか」
「はい」
「‥‥‥」
「‥‥‥」

 大きな執務机の前に立つと、侯爵(たぶん)は書類から一度目を離し、私に視線をやった後直ぐに戻す。帰って良いだろうか
 残念ながら手っ取り早く要件を言われることも出て行けと言われることもなさそうなので話しが終わるまで、というか気づかれるまでボーッと窓の外の景色とじれったそうなジュリアの気配で暇つぶしをする

「――お前は‥‥、何歳になった?」
「? ジュリア、」

 五分ほどしてようやく侯爵は書類を持つ手を置いて、意味もなく机を撫でて言った
 たぶん名前憶えられていないんだろうなと思うと同時に、自分の年齢が解らなかった。限られた人間と関わり、ただ寝て起きるだけの生活は人の記憶能力に影響を及ぼすらしい

「‥はい。お嬢様は15歳にあらせられます」
「そうか」

 ジュリアは何故私に振る…みたいな顔に一瞬なったが直ぐに取り繕い表情が解らない様に軽く頭を下げて答えた。侯爵の反応は淡白だった
 コンコンと侯爵の太い指が執務机を叩く。何処か思案気だが、決定案を吟味し直している様にも思えた。ようは意味のない最終チェック

「三か月前、新王が即位したのは知っているな」
「‥‥はぁ」

 知ってませんけど
 説明されるのは面倒くさかったから取り敢えず「そうなんですか」か「それがなにか?」のどちらとでも受け取れる相槌を打つ
 
「セウリス・ガキア。まだ24の若造だ。忌々しい慣例め。聞けば、周辺の国を渡り歩いていたそうじゃないか、王族としての自覚はあるのか、放蕩息子めが」
「‥‥‥」

 全部知らないけど?
 侯爵は唐突に語り始めた

「――お前、新王に夜這いを掛けろ」
「?」
「!」

 ヨバイ、とはなんぞや
 ジュリアが身体を強張らせてこいつ、ヤバい…みたいな気配を纏い始めたけど、なんなのだろう

「あの無駄に色気と男気がある新王()ならば女の経験は少なくはないだろう。お前の姉たちでは心もとない、お前がいけ」
「‥‥‥はぁ?」

 がくんと首を傾げる
 その、‥‥ヨバイ?を仕掛けたとして、どうするおつもり?
 その心情が伝わったのか、侯爵はフンと一度馬鹿にするような笑みを浮かべ、にたりと笑いながら語り始めた

「どうせなら、私が新国王を傀儡(かいらい)にしてやろうと思った訳だよ。ハハハッ
 ‥‥‥お前のその美貌なら難しくあるまい」

 フンと再び鼻を鳴らし、忌々し気に顔を顰める侯爵。情緒不安定ですか

「ジーン」
「はい、旦那様」
これ(・・)をてきとうに着飾らせておけ。今夜にでも仕掛ける」

 畏まりましたと頭を下げる男に(多分執事長)侯爵は「金さえ渡せば融通する騎士が多いからな」と愉快そうに言う。私たちは無視?というか帰って良いだろうか。それとも、執事長様なにを!と密かにこぶしを握り締め、足が男に向いているジュリアを止めでもしたらいいんだろうか

「所詮はずさんな警備態勢だ。この程度も未だ変えられていないとは、やはり愚王の器だろう」
「全くです」
「ハッハッハ」

 帰って‥‥良いわけないか
 帰っていい?帰りたい。なんなのだろうこの時間

 完全に存在を忘れられているジュリアとリオンの内、リオンだけがこの状況を正しく理解、否全く付いていけていなかった
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