夜這いを命じられたら、国王陛下に愛されました

侯爵令嬢リオン・アナスタシア 2

2.


 
 これは何か喋らないといけない空気なのかとジュリアの顔と瞬き(アイコンタクト)の訴えが酷かったので仕方なく口を開く。まだ話題は思いついていない
 
「おねえさまは‥‥‥」
「勘違いしないで! お前のようなものが軽々しく姉と呼んでいい存在じゃないのよ、わたくしは!」

 ギリィと非力な令嬢にあるまじき音が扇子から鳴った
 お姉さま以外の相応しい呼称があるだろうか。それ以外でとなると、名前ぐらいしか思いつかない

「ではなんと?アゼリア?」
「‥‥‥お、お前はなんて恥知らずなの‥‥‥‥!」

 怒られた
 どうすればいいのだろう。困った
 ジュリアにどうしたらいい?と視線を向けるとぶんぶんとなぜか激しく首を振られた
 うん?それはどういう意味?
 うーん?と首をかしげていたらガッと突然頭が強く引っ張られるような心地がして、首がのけぞった

「お嬢様っ!」
「誰がわたくしの話を無視していいと言ったの?お前、まだ自分の立場を理解できていないようね!来なさい!」

 引っ張られた。というか私の髪をわし掴みにしたのは姉だった
 やはり見た目より力があり、私よりも背のある姉に引っ張られるしかない。あぁ、だからこんなにも長い髪は不要だと言ったのに

「‥‥はなして」
「黙りなさい!」
「アゼリアお嬢様っ、お許しくださいませ!旦那様がアナスタシアお嬢様をお呼びなのです!」

 頬を張られると思った瞬間、ジュリアが声を張り上げ注意を引き付けて訴えた

「お父様が?‥‥どういうことよ」
「それが、要件は知らされておらず‥‥」
「ふン、いいわ。今日にでも家を出て行けと言う呼び出しでしょうしねっ」

 清々するわとあっさり私の髪を手放し、豊かに巻かれた青髪をひるがえしながら、粘着的だった割にさっさと姉は去って行った。父の呼び出しという事で遅らせるのを良しとしなかったのか、はたまた私が出て行くこと(仮)を喜んでいたのかは私にはわからない。そもそも交流が少なすぎるので

「‥‥‥‥‥‥‥つかれた。ジュリア、」
「帰るのは無しです」

 切実に座りたく(帰りたく)なったのをぐっと我慢して壁によりかかる。ジュリアの返しはこの家の中で一番関わりが長く、深い相手らしく完璧に心を読んでいた

「はぁ‥‥吞気すぎる」
「? だれが」
「あなたの事ですよ、お嬢様」
「そう?」
「そうです
 ――たった今、思い切り髪を掴まれたというのに第一声が“疲れた”?どんだけ私が緊張したと思って‥‥」

 やっぱりこのオジョウサマはオカシイと片手で頭を抱え、もう片方の手でまたぐしゃぐしゃになってしまった私の髪を()かしてぐちぐちと文句を言うジュリアはやはり器用だ

「あなたには緊張感というものが無いんですか?」
「きんちょう‥‥‥」

 緊張。きんちょう。キンチョウ
 はたしてそれはどういったものなのか。私には理解できないので、たぶんジュリアの言うとおり私には無いのだろう、と思っておくことにする。人間は分らないことだらけだからと誰かが言っていたから
 

「したこと――」
「ああ、ハイ。ないんですね。わかりました。いや、わかってました。真っ当な答えをお嬢様に求めようとした私が心の底から愚かでした」

 返答に困っていると、ジュリアが苛々とした様子で遮った

「――行きましょうか」
「‥‥うん」

 前々から思っていたが、ジュリアのこの突然卑屈になったと思ったらすぐ元通りになる切り替えの良さと云うか、癖は何なのだろう
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