ワインとチーズとバレエと教授


高杉は今まで見たことないほどの
優しい笑顔でバレエ教室の、
隅にある椅子に座るよう理緒を促した。

「あなたは本当はバレエが好きじゃないんでしょ?」

高杉の一言に理緒は驚いた顔をした。

「あなたは、バレエなんか
好きじゃない。
あなたを初めて見たとき
そう思いました。
私は本当は、あなたを
数ヶ月で辞めさせようとしてました」

「…え?」

「だからあんなに必要以上に厳しい
レッスンをしました。

そして3ヶ月辺りで、他の大人たちと同様に、脱落させようと思っていました。
あなたを見て危険だと感じたからです。

だけどあなたは、けっきょく、
私の厳しいレッスンについてきた。
厳しくすればするほど、あなたはさらに
レッスンに励み、上達し、辞めなかったー

それに根負けして私は、
トウシューズまでは育てようと決心しました。

トウシューズまで私の指導についてこれたのなら
どこの教室に行っても
あなたは伸びると思ったからです。
でもあなたはバレエが
好きなわけではない」

理緒は言ってる意味が
分からなかった。

高杉が私を辞めさせようとした?

厳しくしていたのは、
私を多くの大人たちの様に辞めさせるため?

「あなたにがバレエを
踊っているときの姿を見ていると、
喜びが感じらませんでした。
まるで機械のようだ。
強制労働をしている、マリオネットのようだった。

あなたは与えられる痛みを歓迎するかのように
自分を追い込み

厳しさも喜んで受け入れ、何かに没頭している
だけのように見えました。

それがかえって、あなたを成長させました

テクニックは素晴らしい
だけど、そこに感情は
入っていないと感じました。

あなたは何か嫌なことを
忘れたかったのでしょう。

それはきっとご両親の
ことでしょうね。

スタジオに来る
あなたのようなタイプの子は
だいたいそうです。

金平糖の踊りを
踊ってくださいと
言われたら嫌でしょ?

だからといって白鳥を踊りたいわけでもない。
あなたは、舞台に立ちたいわけじゃない。

ただバレエという厳しさの中で没頭し
嫌なことを忘れたかった、
それだけです。
機械的なマリオネットのあなたを見て
そう感じました」

そう言われた理緒は
大粒の涙を流しまた。

そして

「…その通りだったと思います」

と告げた。

理由は初めて、
自分の感情と向き合った。

そして3年前の
高杉の言葉の謎が解けた。

私は本当はバレエなど
好きじゃなかったのか…

その絶望感を知って、
久しぶりにやってきた教室で大泣きした。

どんなに厳しいレッスンでも
泣いたことはなかったのに、

痛くても、つらくても、
泣いたことはなかったのに…

自分の奥底に、触れないように
しまっておいた感情を知ったとき
涙が溢れた。

そして高杉がそれを見て
バナナを一本取り出してきた。

「これ食べて
元気を出してください
あなたなら、乗り越えられるでしょう」

そう言って、微笑みながら
高杉はバレエ教室を去っていった。

理緒は

「ありがとうございます…」

「ありがとうございます…」

と心の中で何度も叫びながら

泣きながら
バナナをかじった。


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